2008年9月24日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.498 Extra-Edition2
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▼INDEX▼
■ 『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 上 昌広
第14回 医師による遺族への募金活動
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■ 『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 第14回
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「医師による遺族への募金活動」
福島県立大野病院産科医師逮捕事件に対する無罪判決が確定し、医療事故騒動は次の段階に入りました。今回は、医療界の新しい動きをご紹介しましょう。
■医師による遺族への募金活動
9月22日、周産期医療の崩壊をくい止める会(代表 佐藤 章 福島県立医科大学産婦人科教授)は、お産でお母さんを亡くしたお子さんや夫に対する募金活動を始めたことを御存知でしょうか(http://plaza.umin.ac.jp/~perinate/cgi-bin/wiki/wiki.cgi)。
この運動は、翌23日の毎日新聞朝刊(http://mainichi.jp/select/wadai/news/20080923ddm012040115000c.html)や医療業界誌(http://www.cabrain.net/news/article/newsId/18303.html)で報道され、話題になっています。
HPから、この活動の主旨について紹介させていただきます。
「さる8月20日に一審福島地方裁判所で加藤克彦医師に対する無罪判決が出されてから1カ月になります。加藤医師の現場復帰も決まりました。ご支援くださった多くの方々に厚く御礼を申し上げます。
しかしながら、これで物事がすべて片付いたと考えては、加藤医師も単に医療に従事する貴重な時期を無駄にしただけになりますし、何より亡くなった方やそのご家族が救われないと考えます。当会としても、様々な取り組みを今後も続けていきたいと考えております。出産の際に不幸にしてお亡くなりになった方を忘れず、そのご家族を支援する活動を、当会として新たに始めることといたします。
日本の妊産婦死亡率は世界屈指の低さを誇りますが、それでも年間50人ほど、お亡くなりになる方がいらっしゃいます。残されたご家族は悲しみの中、乳児を抱え大変なご苦労をなさることになります。来年からは脳性マヒを対象とした無過失補償制度も始まりますけれど、その救済の網からも漏れてしまっているのが現状です。こうした方々の生活の少しでも支えとなるよう、広く募金を募り、それを原資に支援のお金をお贈りして参ります。
次の口座で募金をお受けいたします。ご賛同いただける方の、ご協力をお願い申し上げます。
口座名 周産期医療の崩壊をくい止める会
口座番号 みずほ銀行 白金出張所 普通 1516150
連絡先:周産期医療の崩壊をくい止める会 事務局
E-mail; perinate-admin@umin.net、 TEL
■周産期医療の崩壊をくい止める会
周産期医療の崩壊をくい止める会とは、福島県立大野病院事件で逮捕、起訴された加藤克彦医師の支援を目的に設立された団体です。私たちは会の創設から、事務局としてお手伝いしています。
この会の活動は、主にインターネットを通じて行われます。例えば、2006年3月17日には、インターネットを通じて集めた6520名の署名とともに、総理、官房長官、法務大臣、国家公安委員長、および厚生労働大臣に加藤医師の無罪を陳情しました。
また、2007/1/26から2008/8/20までに福島地裁で行われた合計15回の全ての公判を傍聴し、その議事録をインターネット上で公開しました。このような形での情報提供は多くの医療関係者の関心を喚起するとともに、検察には大きなプレッシャーになったようです。
さらに、無罪判決以降は、控訴断念を求めて署名活動を行いました。最終的に7773名の署名が集まり、その内訳は医療関係者5512名、非医療従事者2261名でした。この署名は、法務大臣、最高検察庁・検事総長、福島地方検察庁・検事正に送付しました。
■医療界での新しいネットワーク
このような活動を通じて感じたことは、インターネットが人々のネットワークの仕組みを劇的に変えつつあることです。この数年の間に、医療業界ではオンラインメディアが急速に発達しました。主要な媒体として、日経メディカルオンライン、So-net M3、ロハス・メディカル、CBニュースなどがありますが、いずれも10万人程度の医療者に配信されます。さらに、オンラインメディアで配信されたニュースは、ブロガーが自らのHPで紹介しますので、数倍から数十倍の人に到達します。
このようなオンラインメディアのニュース配信に加え、周産期医療の崩壊をくい止める会は署名依頼のメールを送りましたが、このようなメールはチェーンメールとなって多くの人に届きました。この結果、周産期医療の崩壊をくい止める会のような小さな団体の署名依頼が数十万人以上に読まれました。オンラインメディアのニュースや署名依頼のメールを読んだ人は、医療関係者、非医療関係者を問わず、この問題についての認知が高まり、さらに現在の医療が抱える複雑な問題を考えるきっかけになったようです。
インターネットがなければ、数十万人の人々に情報を配信するには、極めて高いコストがかかります。仮にダイレクトメールで送れば、数百万円かかり、私たちのような大学人には実行不可能です。インターネットは情報流通コストを劇的に下げ、既存の合意形成の枠組みを壊しつつあることを実感しています。1990年代前半に社会に導入されたIT技術が、15年たって、医療者が合意形成に利用できるようになったようです。このような形の合意形成は、いわば直接民主制に近く、一旦合意が形成されると非常に大きな力を発揮すると考えています。
■佐藤 章 福島医科大学産婦人科教授
周産期医療の崩壊をくい止める会の活動をご紹介する上で、是非、ご紹介指せていただきたいのが、福島県立医科大学の佐藤 章教授です。今回の募金活動の呼びかけ人で、被告となった加藤克彦医師の師匠です。加藤医師は、福島県立医大の産婦人科の医局に属していて、医局の人事の一環として福島県立大野病院に派遣され、事件に遭遇したわけです。
福島県立大野病院事件が大きな社会的関心を集めたのは、佐藤教授の存在を抜きには語ることが出来ません。彼はお産の権威で、大野病院事件裁判を通じ、一貫して加藤医師の無罪を主張し続けました。様々なメディアに登場し、お産の専門家の目から見たら福島県事故調査委員会が公開した事故報告書が杜撰であること、杜撰な調査結果が警察の誤解を産み、不適切な刑事介入を招いたこと、結果として加藤医師だけでなく、遺族を苦しめたことを訴えました。佐藤教授の主張は、その後、福島地裁の公判に呼ばれた参考人たちや広く医学界からも支持されます。
福島県の事故調査委員会の問題点については、判決が確定してから、様々なメディアで取り上げられるようになりました。例えば、経済専門誌であるFACTA 10月号の「大野病院「無罪」に安堵出来ぬ医師」という論文の中では、「そもそも大野病院事件の発端は、05年に県事故調査委員会が出した本文3ページ強の「報告書」にある。事実関係は箇条書き、価値判断は「タラレバ」ばかり。県を相手にした民事訴訟を避け、医賠責保険から賠償を支払いたいがための「癒着胎盤ならすぐに子宮全摘に移るべきだ」との記述が、同じ県である県警の強制捜査を招いた。」と論じられています。
また、ロハス・メディカル10月号の「医療改革の「今」を知る」の中で、民主党鈴木寛議員は、「今回を含め、問題が深刻化しているケースの多くは、公立病院で起こっています。役所の管理下にあるため、役所の「事なかれ主義」「隠蔽体質」による不適切な指示が、あるいは誠実な対応の機を逸しさせ、患者・家族の不信を招いている可能性もあります。」と述べています。私は、このような主張に賛同します。
■事故調査報告における現場と幹部の利益相反
今回の佐藤教授の素晴らしかった点は、二つあげることができます。まず、佐藤教授は福島県立医大という県組織の一員であるにも関わらず、圧力に屈することなく、医師として正しいと思うことを主張し続けたことです。これは、説明の必要はないでしょう。なかなか出来ないことです。
もう一つは、メディアや権力の前で「とりあえず謝罪しなかった」ことです。この表現の真意はなかなか理解しにくいと思いますので、少し説明を加えさせていただきます。
まず、昨今の過失事故の記者会見では、事故を起こした組織の幹部はすぐに報道された事実を認め、謝罪します。ところが、故意の犯罪なら兎も角、過失事故の多くはシステムエラーが原因であり、事故原因は綿密な調査の結果を待たないとわかりません。まして、医療事故では、そもそも事故であったのか、不可避の合併症、あるいは原病の自然な展開であったのかの判断は極めて困難なことが多いのです。
それでは、どうして組織の幹部は、このような行動を取るのでしょうか。それは、
メディアの前ですぐに過失を認めてしまうことが、彼らにとって合理的だからです。
今回の事件でも、病院や県の幹部は過失を認めても、処分されるリスクはありません
し、情報開示に積極的な先進的な人物として高く評価される可能性すらあります。逆
に、メディアの前で「十分な調査をしないとわからない」と言い訳したら、相当な
パッシングを覚悟しないといけないでしょう。
一方、事故の当事者は、事故の詳細な状況をもっとも良く知っています。ところが、多くの事故調査では、彼らの証言が十分に検討されることは少ないようです。それは、事故に関係した当事者は処罰を逃れるために正直に発言しないことが多く、例え彼らが真相を話しても信用しにくいからでしょう。実際、福島県が設置した外部委員を中心とした事故調査委員会は、加藤医師を含む現場スタッフから十分なヒアリングを行わず、組織幹部の意向に沿う形で、早急に報告書をまとめました。このような経緯で、事実とは異なる報告書が作成され、社会に公開されました。その結果、県警は暴走し、遺族は酷く傷つくことになりました。
この状況は、我が国の事故調査が抱える根深い文化的問題を示しています。欧米では、長年の苦闘の結果、「事故調査の結果を個人の処分に連動しない」という考えがコンセンサスになりました。しかしながら、我が国では、まだまだ議論が必要です。さらに、本事例で示されたように、医療事故に遭遇した患者・家族をサポートする上で、医療者の過失の有無が大きく影響することは、どう考えても非合理的です。医療者の過失がなくても、患者は傷つくことがあり、そのような患者・家族を救うためには無過失補償の制度が必須です。
福島県立大野病院事件を振り返れば、事故調査報告書の作成、開示に際しては、現場スタッフと組織幹部の間に利益相反が生じる可能性があることがわかります。今回の事件では、このような利益相反が遺族を大きく傷つけた可能性があります。しかしながら、この問題についてあまり議論されてきませんでした。医療事故に限らず、過失事件の情報開示に関しては、じっくりと議論を行い、適切な方法を確立する必要があるでしょう。
■官ではない公を目指して
話が脱線しましたが、募金活動の背景についてもう少し説明しましょう。今回の募金活動は出産でお母さんを亡くした父子を対象としています。年間に50件発生するとして、一組あたり500万円を送ることを目指せば、集めるべきお金は年間2.5億円です。医師は27万人いますから、1割の医師が募金すれば、一人の負担は年間に1万円となります。これは、十分に実現可能な数字です。
もし、この募金活動を政府が代行したら、どうなるでしょうか。政府は、その権限で全ての医師から1000円ずつ徴収し、遺族に提供することが可能でしょう。医師にとっても大きな経済的負担にはならないので、反対する人は少ないでしょう。しかしながら、官が行った場合、関係法規の整備、関係各所の調整などで、厖大な調整コストと時間を要し、更にできあがった制度は当初の目標と全く違った形で機能してしまうかもしれません。政府のような大きな組織が物事を推進する場合、色んな思惑をもつステークホルダーが関与してきて、自らの利益を追求するからです。実は、これは杞憂ではなく、来年から実施される産科無過失補償制度について当てはまってしまうかもしれません。
今回の募金活動は、志のある医師が自らの責任で活動を始めることに意義があると考えています。官に頼らず、ボランティアが自由意志で動けば、かなりスピード感をもって物事を推進し、社会に大きな影響を与えることができるかもいしれません。
このような運動は、官でない公の確立を目指すものです。医療界に身を置く一人として、医療従事者は公的な活動を官に依存しすぎたのではないかと深く反省しています。つまり、何でも政府、厚生労働省にお願いしすぎたということです。我が国で進みつつある医療崩壊をくい止めるのは、官に過剰な期待することではなく、自ら公を作っていくことではないでしょうか。是非、佐藤教授と周産期医療の崩壊をくい止める会の活動を見守っていただけますようお願い申し上げます。
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上 昌広(かみ・まさひろ)
東京大学医科学研究所 探索医療ヒューマンネットワークシステム部門:客員准教授
Home Page:<http://expres.umin.jp/>
帝京大学医療情報システム研究センター:客員教授
「現場からの医療改革推進協議会」
<http://plaza.umin.ac.jp/~expres/mission/genba.html>
「周産期医療の崩壊をくい止める会」
<http://perinate.umin.jp/>
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