村上 龍氏主催のJMMというメールマガジンで医療に関する配信をしていただいています。許可を頂いて転載いたします。
2008年7月25日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.489 Extra-Edition4
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■『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 特別配信号
「~医療事故調、主役は厚労省ではない。医療界の覚悟こそが問われている~
日本心血管インターベンション学会パネルディスカッション報告 1 」
□川口恭:ロハス・メディカル発行人
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本文は、7月4日に名古屋市で開かれた日本心血管インターベンション学会の「変革期を迎える医療安全への対応 ‐ 崩壊が進む医療の中でいま何が出来るかを考える‐」というパネルディスカッションでの7人の方の発表を、発表者のひとりでもあるロハス・メディカル発行人の川口恭さんがまとめ、MRIC医療メルマガ通信 <http://mric.tanaka.md/>で配信されたものです。当日は全員、丁寧語で話していましたが、記録の都合上、語尾の丁寧語は省いてあります。注釈も加えていません。
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「~医療事故調、主役は厚労省ではない。医療界の覚悟こそが問われている~
日本心血管インターベンション学会パネルディスカッション報告 1 」
■ 川口恭:ロハス・メディカル発行人
4年ほど前まで朝日新聞の記者をしていた。独立して現在は、『ロハス・メディカル』を毎月発行している。webメディアと勘違いしている方が時折いるが、webやブログは、あくまでも雑誌の宣伝のために片手間にやっていることで、紙が本業。紙が本業である証拠に、検討会を全回傍聴してブログやメルマガで報告しても、その間ずっと前田座長からは『インターネットに書かれちゃう』としか言ってもらえなかった。でも、雑誌本体に医療事故調のことを載せた時には、検討会の最終回で『ロハス何とかに、とんでもないことが書いてある云々』と言及してもらえた。
さて、本論。いわゆる医療事故調をつくるという話で、厚生労働省はしくじった。
1年間に13回の密度で検討会を開き、何回も試案を出し直して、それでも法成立のメドが立っていない。民主党からも対案が出てくることが決まっていて、参院で与党は少数派なので、秋の臨時国会でも厚労省案が国会を通らないことは確定している。
なぜ、こんなことになっちゃったかと言えば、一義的には厚労省が、司法という自分たちの権限が及ばない領域のことであるにも関わらず、必要な手順を尽くさず乱暴極まりない進行をしたから。
が、1年間追いかけているうちに、厚労省だけが悪いんじゃないな、ここで厚労省の悪口を言っているだけだと、きっとまた同じような問題が起きるな、と思うようになった。今日はそのことについて、皆さんの耳に痛いことも申し上げたい。
そもそも、事故調をつくるという話は、最初に厚労省から出てきたわけではないと
思う。
都立広尾病院事件で、医師法21条がそんなことになるなんて、と驚いた医療界が診療関連死の届出先を警察以外のところにしようということで厚労省を巻き込んでモデル事業を始めたんだけれど、その年度中に福島県立大野病院事件が発生してしまって、とにかく警察・検察の医療への介入を止めなきゃいけない、と。
いうことで、厚生労働省に「何とかしてくれ」と言ったんだと思われる。当時の医療界の常識からすれば、当然の発想・行動かもしれない。でも、これは私のような外部の人間から見ると非常に横着に見える。で、その横着さが、結局、厚労省の乱暴な進行も呼んだのでないか、と。いわば、今回の大混乱に関しては、医学会のリーダーたちと厚労省とが共犯なのでないかと思う。これだけ大混乱をきたしたにも関わらず、もし未だにその横着さに気づいていないとしたら、ちょっとお粗末すぎるのでないか。
何が横着なのか簡単に説明する。医療用語に例えた場合に、今回医療界のリーダーたちがしたことは、診立ても悪いし、治療態度も悪いと表現できる。何といっても、第1回の検討会で樋口委員から、『組織の目的は一体何なのか』という非常に本質的な問いかけがされていた。ところが最後まで、そこは曖昧なまま突っ走った。そこを明確にするとまとまるものもまとまらないからということだったのだろうが、結果として同床異夢になって、かえって医療側と患者側の溝が大きくなった。
治療態度の話はより深刻。大野病院事件がとんでもないと思うのなら、なぜ警察・検察と闘わなかったのか、広尾病院事件から、なぜ21条を何とかするという教訓が出てきてしまうのか。都病院局の隠ぺい体質を糾弾して医療者を守るべきだったのでないか。そもそも患者さんとちゃんと向き合ってきたのか。
面と向かって交渉するのが怖いから、面倒だから、ルールの方を変えたいって、そんな身勝手なことが通るわけがない。しかも、それを自分たちでやらずに厚労省にやらせようとした。それは横着すぎるだろう。
どうして、こんなにムシのよいことを要求して、それが通ると思ってしまうのか不思議だ。でもここ何年か医療者たちとお付き合いをしていく中で、ははぁこれだなと思うようになったことがあって、それは良い表現をすれば唯我独尊であり、悪い表現をすると社会に対して無関心すぎるということ。
象徴的な場面が、4月12日の医療議連のシンポジウムであった。お医者さんが多数集まって大変盛り上がったけれど、あの場にいたメディア関係者や一般患者は、非常に違和感を感じていた。中でも最たるものが、山形大の嘉山先生の言葉。今や改革の旗手として八面六臂の大活躍をされている、その嘉山先生が過去を振り返って「医療がこんなになるまで医者は何をしていたと言われるかもしれないが、医者は医療をやっていたんだ」と胸を張った。おそらく医療者たちの本音を代弁しているんだと思う。
しかし、「医者は医療だけしていればいい」と、誰が決めたのか? たしかに早く一人前になるため脇目もふらずという時期は必要だろうし、業界全体でも余計なことを考えずに済むに越したことはないと思う。そうは思うが、少なくとも社会はそんなことを要求してないはず。想像するに、おそらくインターン闘争とその後の処理で政治的な行動を慎むような力学が働いて、しばらくは事情をすべて分かったうえでの意図的な沈黙・無関心表明だったのが、そのうち本当の無関心に変わっちゃったのでないか。
あえて言うけれど、医療は社会のサブシステムであって、医療者だからといって、社会の構成員としての責務を免れるものではない。
社会から、医療だけしていればよいと要求されない限り、自分たちで勝手にこれだけしていればよいと決めつけるのは図々しい。少なくともサブシステムの当事者として、医療サブシステムが社会と調和して持続するよう行動する責務がある。その際に他のサブシステムと利害衝突が起こったならば、ちゃんと折衝しないといけない。そういう面倒なことを引き受けるためにこそ、リーダーというものは存在するはず。それなのに今回リーダーたちは一体何をしたのか、ということ。当然、学会だけでなく、日本医師会の責任も問われると思う。
もちろん全部を自分たちでやらなきゃいかんということではない。病気だったらお医者さんに頼るのと同じことでエージェントを使えばよい。
でも、問題は医療界には、厚生労働省の官僚しかエージェントと呼べる存在がいないこと。そもそも官僚は公益のため奉仕する存在なので、一業界のエージェントとして使ったら本来はいけない。しかも普段厚労省に大して協力もしてないクセに、都合のよい時だけ使おうとしても、思い通りに動いてくれるはずがない。そういう横着をするから、厚労官僚の側でもエージェントの領分を越えて自らの利益を図るようになり、いろいろ訳の分からないことになる。
今回の問題は、医療というサブシステムと司法というサブシステムとの間で衝突が起きているわけで、医療業界内だけでゴチャゴチャやっていても絶対に解決しない。医療以外のサブシステムは、みな必要な努力を積み上げて、その他のサブシステムと不断に折衝している。自分たちの要求を通したいと思ったら、他のサブシステムが努力しているのと同様に、ちゃんと実態をよく見極めて、必要な手間暇費用をかける必要がある。そのことに早く気づいていただきたい。それを嫌がる限り、横着と呼ばざるを得ない。
ロハス・メディカル発行人:川口恭
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