2008年7月26日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.489 Extra-Edition5
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▼INDEX▼
■『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 特別配信号
「~医療事故調、主役は厚労省ではない。医療界の覚悟こそが問われている~
日本心血管インターベンション学会パネルディスカッション報告 2 」
□佐藤一樹:医師・東京女子医大事件被告人
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本文は、7月4日に名古屋市で開かれた日本心血管インターベンション学会の「変革期を迎える医療安全への対応 ‐ 崩壊が進む医療の中でいま何が出来るかを考える‐」というパネルディスカッションでの7人の方の発表を、発表者のひとりでもあるロハス・メディカル発行人の川口恭さんがまとめ、MRIC医療メルマガ通信 <http://mric.tanaka.md/>で配信されたものです。当日は全員、丁寧語で話していましたが、記録の都合上、語尾の丁寧語は省いてあります。注釈も加えていません。
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「~医療事故調、主役は厚労省ではない。医療界の覚悟こそが問われている~
日本心血管インターベンション学会パネルディスカッション報告 2 」
■ 佐藤一樹:医師・東京女子医大事件被告人
(刑事事件の概要を説明)手術の前の外科医の診察姿勢に非常に問題があったと思う。事前に患者の診察を行わなかった。倫理的な問題ではなく、手術そのものに大きな影響を与えた。また術者は明らかにレベル不足だった。
死亡原因は、必ずしも裁判の重要な争点になるわけではない。重大な医学的な事実として(1)上半身だけに著明なうっ血が発生していた(2)静脈貯血槽が陽圧化して逆流したらしいと報道されているが、それでは上半身だけに強いうっ血の発生した理由が説明できない(3)術野での細かな術式については細かな問題があった。低侵襲心臓外科手術だったが、部分胸骨切開による視野は大変狭く、いろいろな方向に心筋を引っ張らないと手術ができない。この術式では上大静脈の脱血管は右心室(?)から入れるのが標準だが、本件では必要もないのに上大静脈に直接カニューレを挿入していた。このことが悲劇を呼ぶ一因となった。一審の判決文では、とりわけ上大静脈の脱血が悪かったとなっているが、この事実認定の詳細は何も書かれていない。
女子医大の内部報告書では、吸引ポンプの回転数の上昇が陽圧化の原因になったとなっているが、逆流が脱血管に発生したとしても、毎分100回の高回転というのは理論的にも臨床的にも何ら問題にならない。過度な吸引にはならない。フィルターの閉塞だけが唯一の原因。そうなるとフィルターの閉塞の予見性だけが刑事訴訟の争点になる。実は使用されたフィルターはレギュレーターのための純正フィルターではなかった。純正フィルターの使用説明書を弁護側は証拠申請したが、検察側が不同意にした。純正フィルターが適切に使用されていれば閉塞はなかった。本件で使用されたフィルターは別の目的のものだった。事故当時すでに退職していた技師長が、機械を守るために設置したものだった。では、その元技師長が悪いのかという話になるのだが、しかし一審判決では検察の全証人を含め、誰も予見できなかったということになっている。フィルターはそもそも必要のないもので、判決文では女子医大の人工心肺には瑕疵があるということになっている。しかし事故当時は学会でもフィルターについて問題意識を持っていた人はほとんどいなかった。静脈貯血槽の陽圧化はフィルターの閉塞が原因であるということは、事故直後に、現場の心臓外科医と臨床工学士との間では共通認識になっていた。技師がフィルターを使い捨てにせず繰り返し使用していたということがあって、担当講師から激しく叱責と責任追及を受けていた。
担当講師のカルテ改ざんという極めて遺憾な行為があったことによって刑事事件に向かっていった。証拠保全が行われ、遺族は心研の所長に死亡原因に関する調査を要求した。タイミングの悪いことに、心臓外科の主任教授が空席だった。遺族が内部報告を急ぐよう激しく要求を繰り返したことは各種の調書から分かっている。
現場の医師と組織との間には利益相反が存在する。私に言わせれば、女子医大の院内報告書は意図的・組織的に作り上げられた歪んだ内部告発である。非専門家によって作成され、心臓外科医はすべて無視された。そもそも院内調査の目的は、家族への死亡原因報告。現場の医師から形ばかりの意見聴取を行ったものの、その意見を全く無視し、現場医師を切り捨てた。この内部報告書は当事者である現場の医師には誰にも見せずに遺族だけに手渡された。絶対に許し難い行為だ。今後、医療界にどのような院内調査報告書が登場して来るか分からないが、報告書の発行の前に現場の医師の意見を聴かずに作成されたものは破棄されるべきと思う。
業務上過失は法人ではなく必ず個人が対象になる。端的にいうと、病院管理者と警察の利害は一致する。病院の特定機能病院指定が剥奪される代わりに、現場の医師を業務上過失致死に問わせるという手段で解決しようとした。瑕疵のある人工心肺というシステムエラーを、1個人の操作ミスというヒューマンエラーに置き換えようとした。本件だけでなく、院内調査報告書は捜査機関に対する内部告発と鑑定書の役割を果たす。検察官が起訴状に書き込むことは報告書に依拠する。本件の検察官は裁判途中で院内報告書の誤りに気づき訴因変更を行った。その結果として無罪判決が言い渡された。
私からの提言。医療事故の院内調査は病院組織による責任所在の決め付けの側面がある。客観性・中立性は担保されない。捜査機関に対する内部告発・鑑定書になる。外部専門家が存在しない院内調査は死因究明・責任追及過程が意図的に行われる可能性がある。先日発表された医療安全調査委員会設置法案大綱に関して、私は全面的に支持する立場にはないが、『医療事故調査を終える前に、原因に関係ありと認められる者に対し、意見を述べる機会を与えるべきである』との記載内容に関しては、今後絶対に重視させるべきであろうと考える。
医師・東京女子医大事件被告人:佐藤一樹
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