JMM 『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』  特別配信号1

村上 龍氏主催のJMMというメールマガジンで医療に関する配信をしていただいています。許可を頂いて転載いたします。

                        2008年7月22日発行
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JMM [Japan Mail Media]           No.489 Extra-Edition
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 ■『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 特別配信号 

 「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン 1」

     □横山禎徳:社会システム・デザイナー


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本文は2007年11月に開催された現場からの医療改革推進協議会の内容に基づいています。本文中の図は以下のURLよりご覧いただけます
( http://mric.tanaka.md/yokoyama/yokoyama.xps )
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「社会システム・デザイン・アプローチによる医療システム・デザイン 1」

 

 私は、元々は建築のデザイナーだったのですが、その後経営コンサルティングの世界に30年程いて実質的には組織のデザイナーとして過ごしてきました。それを卒業して今は、社会システム・デザイナーと自称しています。他に自称している方が世界にあまりいないようなので、世界でただ一人と称しています。依頼される仕事も何もありませんので勝手にデザインをしていまして、今は誰に頼まれたわけでもなく、医療システム・デザインを上先生と共にやっている所です。まだ、作業途中ですので途中経過のご報告でしかありませんが、考え方をご理解いただきたいと思います。

 今日お話するのは医療課題というものを「社会システム」的に把握するということです。では、「社会システム」とは何なのかというこという定義をしています。それから、「社会システム・デザイン」のアプローチですが、これは方法論というものが無いデザインというものは有り得ないので、方法論というものをお話しいたします。それから、医療システム・デザインの今試みている途中経過をお話しして、次のステップと本来、「社会システム・デザイナー」がどこにいるべきかということをお話ししたいと思います。

 医療課題にはいろんな提案があるのですが、最近出版された『改革のための医療経済学』(兪 炳匡:著)が指摘しているように色々な要素が絡み合った複雑系のシステムであって厚労省の扱える域を超えているということを、まずみんな分かっていることですが、改めて言わせていただきます。これまでの単発的施策は効果がないか逆効果になっています。いろんな個別アイデアも副作用がありそうなものが結構たくさんあります。システム的な発想はやはり必要ではないかと思います。

 厚労省が扱えない多様な要素の絡み合った課題であるということに関して、医療の背景にある日本社会における死生観というのはかなり変容してきているとか、高齢者の新しい社会的役割や生活形態というものがまだ確立していないことがあげられます。また、地域コミュニティでの人間関係と医師の位置づけというものがはっきりしなくなってきました。それから、医師の役割の変化と育成方法、および医師の達成感の問題とか、ディジーズ・マネジメント、そして医療行為の経済性など全てが統合的に回らないとどこかに歪みが出て来てしまいます。

 現行の医療システムは関係者間に自己規律の醸成が欠落しているのが基本的な問題だと思います。医者、患者、保険者の三者間に普通の市場のようなインタラクションが無いからそこで通常は出来上がる相互関係からくる自己規律というものがなかなか出来上がって来ません。そういう問題があります。だからといって、市場メカニズムを導入すればいいのだというように、問題の裏返しを答えにしないというのが「社会システム・デザイン」の基本的な考え方です。「社会システム」の定義は、「生活者・消費者への価値提供の仕組み」というように定義します。「価値提供の仕組み」は当然、産業横断的であって、「産業立国」論からは決別しましょうということです。「医療産業」と「医療システム」とは全く違うものです。「医療産業」には銀行、保険会社、情報システム会社などは入れないはずです。しかし、「医療システム」と言ったら保険会社も入って来るし、病院を建てる時にはお金を借りる銀行も入って来るし、そこに医療情報システムを提供する情報システム会社も入ります。そういう意味で産業横断的なのです。これは、当然、監督する省庁も横断的であって、厚生労働省の範囲を完全に超えています。

図1

 これらのシステムは技術ロジックだけの問題ではなくて、社会の価値観と絡んでいますのでなかなか難しいです。だからこそ、「社会システム」と呼んでいます。私は、デザイナーですので学者ではありませんから、観察してロジカルに説明し、よい論文を書いて評価されれば喜ぶ立場ではありませんので、具体的なデザイン実現の視点から定義します。だから、論理的厳密さよりも実践的有効性を優先します。

 それから、外国の例をいくら語ってみても日本は日本ですから、日本の状況に適した特殊解を追求しなければいけません。一般解というのは、ほとんど役に立たないのです。特殊解を考え抜いた後、一般解と比べてみて「うーん、外国はよく考えているな」とか、「全然違うがどっちが優れているのだろうか」というように使うべきだと思います。それから、「消費者からの発想」を掛け声ではなく具体的に実現することが必要です。政治家はすぐに「国民のために......」とおっしゃいますが、「国民」というのはちょっと抽象的過ぎます。単なる掛け声だけで終わらないようにしてほしい。個別具体的に実現してみないとダメなのだということです。

 だから、より具体的に生活者や消費者に着目するわけです。これまで日本は「産業立国」というように産業別縦割りでやってきたわけです。その対象には何があるのかと言いますと、企業なり業界だったのです。ところが、「社会システム」というのはこれらの産業に横串を通した「生活者・消費者への価値の創造と提供の仕組み」であります。だから、消費者が良いと言ってくれるか言ってくれないかというのが全ての価値判断であるということです。

 誰が考えても、交通システム、産廃処理システム、電力供給システムとは「社会システム」なのですが、それは技術ロジックでほとんど決まってしまいます。通信システムもほとんど技術のロジックで決まってしまいます。インターネットというのは、ツリー構造ではなくてその名のとおり、ネット構造になっていますが、通信の安定性のためであり技術からの発想です。しかしながら、社会の価値観というものも影響するわけです。教育システムに関しては、ゆとり教育がいいとか詰め込み教育はだめだとか、色々ああだ、こうだと議論をします。個人的には「よいゆとり教育」や「よい詰め込み教育」もあると思いますが、要するに、価値観が違うのです。そして、医療システムは大体真ん中にいます。この分野は、やはり、社会の価値観と技術ロジックの両方が絡んだ世界であると考えているわけです。

図2

「社会システム・デザイン」のアプローチについて述べますと、これはダイナミック・デザインというものを目指しているわけです。毎年、時間が経つにつれて良くなっていくということです。そこが、このデザインのミソなのです。多くのデザインはスタティックです。私は建築家でしたけど、今喋っているこの講堂のある建築はいつ出来たのか分かりませんが、多分1920年代に出来たと思いますが、その頃からほとんど変わっていません。当たり前ですが、自己変革はしないのが建築です。「建築は凍れる音楽である」というのが建築に対する美しい表現です。建築とは違って、時系列的に変わっていくものをデザインしたい、すなわち、毎年ちょっとずつ良くなっていくものの組み立てをしたいのです。そのようなダイナミズムをデザインするアプローチとして5つのステップを考えたわけです。

図3

 現実の世界には毎年ちょっとずつ悪くなっているものもあります。それが悪循環と呼ばれるものなのです。この悪循環が長年回っていていることに気がついていないことは世の中のいたるところで非常に多く存在します。無意識のまま放置されてきたこの悪循環をまず発見してしっかりと定義し、関係者皆で吟味し、やっぱりそうだね、そのとおりだと確認します。

 先程ありました産婦人科医や小児科医の場合もそうなのですが、医師の数が減れば減る程また減っていくというサイクルに入っているわけです。睡眠時間を切り詰めて30時間以上ぶっ続けで働かないといけないような過酷な就業環境にたまりかね、「もう、これではやっていられないよ」ということで辞めてしまう。そうやって現場の医師が減っていくと、少なくなった医師数でこれまでと同じ仕事量をこなさないといけないわけで、もっと「やってられない」状況が来るから、また医師が減っていき、もっと状況は悪くなっていくわけです。そういう悪循環に入っているのだということが分かります。こうして悪循環を定義をします。実際は、もっともっと複雑に色々な要素がからみあっているのですが、みんながじっくり考えれば思いつく範囲内で出来る限り悪循環を見つけて、それを無意識の状況から意識にのぼらせてはっきりと定義していこうということです。

図4

 しかし、これが問題だからといってそれを裏返したら答えが出てくることはありません。世の中はそんなに単純ではありませんから、悪循環を単に裏返すだけではなくて、良循環というものをまったく別のところから発想し、発明・創造しなくてはいけません。ここは、クリエイティビティの問題です。

図5

 この新しく発明した良循環というものは、今世の中に存在しないわけですから、この循環をドライブする「エンジン」が必要なわけです。その「エンジン」が、サブシステムということです。今存在しない良循環を新たに回していくためには少なくとも三つ位の「エンジン」が必要です。

 そのサブシステムまで定義出来たら、あとはアクション・ステップのフローを作ることですので、コツさえ知っていれば誰がやっても大体同じものが出来ます。そのフローを見ても何をすればいいのか具体的にイメージがわかないと言う人がいれば、そのフローを何層にももっと細かく具体的にしていくことをすればいいのです。誰もがこの行動を起こせと言われたらすぐに出来るという所まで深掘りしていけます。すなわち、サブシステム以下は、アクション・ステップの具体性にこだわります。だから、法律を作るのとは少し違います。竹中平蔵さんが官僚に法令の文章のテニオハを変えられて骨抜きにされたとおっしゃっていますが、そういうことが起こらないのです。具体的なアクションが全部書いてあるわけですから。まずこういう作業をやり、その次に、法律を作るというステップにしていただきたいというのが私の希望です。先程申し上げたように、このようなアプローチはスタティック・デザインではありません。建築というものは、スタティック・デザインですし、情報システムというものもスタティック・デザインです。情報システムというのは、出来上がったその日から陳腐化を始めます。そういうものなのです。情報システム自身は状況変化に合わせて自律的に自己変革出来ません。高級なシステムなのですが、ある意味ではまだまだ非常に幼稚なシステムです。

 自己変革することが出来る複雑系のシステムとは皆さんが住んでいる東京です。これが、人間が作り出した一番複雑なシステムでしょう。都市デザインというものは7千年の歴史があります。少し難しい話になりますが、ツリー構造にデザインしていきますと必ずフリーズ(固定化)という融通のきかないことになってしまうのです。従って、東京という大都市はツリー構造になっていないことはなんとなくお分かりでしょう。「社会システム・デザイン」もツリー構造のアプローチではなく、時間軸を入れるというのが「良循環」、「悪循環」という考えです。

 一般的にデザインというのはエンピリカル(経験的)であり、100年前も100年後も今日も正しいというか、これで決まりだというものはありませんから、ベストなものは求めようもなく、常にベターなものを求めていくという世界です。「社会システム・デザイン」も同じであり、現在抱えている課題に対して現在考えられるベターな解を求めることは変わりません。従って、まず最初に、それぞれの分野の中核課題からスタートして、このように悪循環がいくつか回っていますからそれを見つけていきます。

 例えば住宅供給でしたら戦後日本政府がやってきた持ち家推進策も、すでに日本人の7割が持ち家に住んでいますからその役割も終わっています。逆に悪循環を作っています。しかし、ずっと住宅金融公庫に毎年5000億円以上も税金から利子補給をしていました。だから、もういらないと言って止めることになりました。しかし、止めたら、東京の町並みはすごく美しくなりますか。美しくなりません。いらないから止めたというように裏返しだけでは何も新しいことは起きません。新しいことを起こすためには新しい仕組みが必要であり、それをデザインするわけです。

 先程申し上げたように医療の世界であったら、基本的には医師、患者、保険者間の分離によって自己規律ができあがるメカニズムがないということが中核課題であろうと思います。医師が医師の本分としての良い仕事をしているということとは別に、ある種の自己規律というものが三者間のインタラクションを通じで出来上がるシステムにはなっていないのだということが基本的な問題なのだと思います。だから、厚労省は、皆が無規律な浪費をするのではないかと思っています。当然、歳出を抑えようとします。しかし、経費を抑え込むことをやりながら良循環が出来たためしは歴史上無いと思います。経費を減らしながら良循環を作れということは矛盾だと思います。

 私の基本的な考えは必要ならいくらお金をつぎ込んでも良いのだいう世界を作り出すということです。しかし、これは難しいです。今、松田さんのお話にあったように日本は巨大な財政赤字をかかえていますからお金は出てこない。しかし、よくよく考えてみたら、日本人は豊かなのですが、日本政府は貧乏だという問題です。だから、日本政府に頼っている限りは絶対にお金は出て来ませんから、そうではない仕組みを考えようというのが私のデザインの基本的な考えです。上手くいくかどうかは、皆さんでご判断ください。実際に、悪循環を定義しましたら、悪循環の裏返しではなくて色々試行錯誤をしながら良循環というものを見つけていきます。一つではありません。たくさん出てくるのだけどその中で良さそうなものを三つ位取り出して、それを皆で確認し実現可能性を評価して最もいいものを選びます。

図6

 繰り返しになりますが、その良循環は今動いていないのだから、それをドライブする「エンジン」と言いますか、「モーター」と言いますか、それをサブシステムとして最低三つ位見つけ出します。抽象的で申し訳ないのですが、それぞれのサブシステムにどういう行動をしたら良いのかをアクション・ステップという形で書いていきます。このステップでよく分からない部分があれば、その部分をサブサブシステム、サブサブサブシステムというように何層にも作ることが出来ます。こうやって、もっと具体的に細かくアクションが書けるわけです。

(第2回に続く)

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横山禎徳
1966年東京大学工学部建築学科卒業。建築設計事務所を経て、72年ハーバード大学大学院にて都市デザイン修士号取得。75年MITにて経営学修士号取得。75年マッキンゼー・アンド・カンパニー入社、87年ディレクター、89年から94年に東京支社長就任。2002年退職。現在は日本とフランスに居住し、社会システムデザインという分野の発展に向けて活動中。
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