■ 『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 上 昌広
第43回:新型インフルエンザから子供たちを守ろう!
~ワクチン接種優先順位と接種回数を考える
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■ 『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 第43回
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新型インフルエンザから子供たちを守ろう!
~ワクチン接種優先順位と接種回数を考える
新型インフルエンザワクチンの接種が始まりました。ワクチン不足は顕著で、全国
各地で混乱が生じています。一方、国内外から様々な情報が寄せられ、主要な問題点
も明らかになりつつあります。
【医療従事者に対するワクチン不足】
我が国のワクチン不足は深刻です。厚労省が公表しているワクチン優先接種対象は、
合計で5,400万人。
最優先は医療従事者で、100万人となっています。
医療従事者への優先接種は、10月19日より始まりましたが、医療現場は、これ
をめぐり大混乱です。就業している看護師だけでも126万人いて、絶対数が足りま
せん。例えば、千葉県の400名以上の医師、3000名以上の医療従事者が勤務す
る某大病院では、新型インフルエンザワクチンの割り当ては、わずか140名分でし
た。同規模の都立病院に勤める友人からは、新型インフルエンザワクチンの入荷は2
50人分だったと聞きます。
また、厚労省は、「インフルエンザ患者の診療に直接従事する」医療者を接種対象
に指定しましたが、この区別は困難です。新型インフルエンザは潜伏期にも感染する
ため、全ての医療者が直接対峙することになります。病院は、接種対象者の選定でパ
ニック状態です。
医療従事者に優先的にワクチンを接種するのは、病院機能を維持するためです。実
は、今回の接種は、この目的にも適っていません。皆さんが所属する組織にも当ては
まるでしょうが、日常業務を遂行するには、事務方の存在が必須です。病院なら、受
付や会計が当てはまりますが、彼らは恒常的に患者に接し、感染するリスクがありま
す。もし、彼らが新型インフルエンザで倒れれば、大問題です。ところが、彼らは厚
労省の指定する優先接種対象ではありません。
そもそも、病院の機能維持が目的なら、接種対象は院長が決めればいいのではない
でしょうか? 病院は多種多様です。ワクチンの絶対量が足りないまま、厚労省が箸
の上げ下ろしを指図するため、大きな問題が生じています。
【重症化しやすい子どもたちを守れ】
新型インフルエンザワクチンの一般人への接種が、10月30日に始まりました。
その対象は、妊婦と基礎疾患がある人です。ところが、ここにきて小児への接種が問
題となっています。
10月30日、厚労省は累計患者の7割以上が14才以下の子どもたちであったこ
とを公表し、日本小児科学会は、新型インフルエンザは季節性インフルエンザより重
症化しやすいため、健康な子どもたちに早期にワクチンを接種するように要望しまし
た。特筆すべきは、これまで重症になったと報告されている小児の3分の2は持病が
ないことです。
現在の厚労省の計画では、12月初旬から幼児(1才から就学前)、12月中旬か
ら小学校低学年、年明けから小学校高学年と中学生が接種されることになっています。
自治体の中には、柔軟な動きを示すところもあります。例えば、青森、福岡など9県
は持病のある人の中で1才~小学3年生の接種を最優先して11月2日から始めてい
ます(朝日新聞10月31日)。これは、非常に高く評価すべきです。
ところが、ここでも問題が生じています。鳥取県平井伸治知事らが、来年1月16,
17日の大学入試センターテストの前に、受験生にワクチンを接種できるように配慮
したところ、厚労省から横やりが入ったようなのです。10月27日の毎日新聞によ
れば、「報道で県の方針を知った厚労省から23日、電話があり、『優先対象の枠組
みは都道府県が独自に設定できない』と横やりが入った」そうです。厚労省も、困っ
たものです。
余談ですが、アメリカでは国がワクチンを州に配分し、あとは優先順位の選定も含
めて州に任せています。
【小児の接種順位とワクチンの接種回数が混同】
新型インフルエンザから子どもたちを守るには、小児へのワクチン接種を前倒しす
るのが合理的です。ところが、この問題は、関係者の面子が絡んで迷走しています。
その象徴が、10月30日の朝日新聞1面の「新型インフル、全国で本格流行 1
4才以下が7割超える」という記事です。最後に「小児の接種が早められるかどうか
は、(11月に始まる妊婦や持病のある成人)が1回接種でよいかどうか、というこ
ととも密接に関係する」と記されています。
ワクチン接種の優先順位変更と、ワクチンの接種回数は本来無関係です。しかしな
がら、朝日新聞は両者を関連して議論したいようです。前回もご紹介させていただい
た、新型インフルエンザ1回打ち、2回打ち論争が、また出てきました。
【ワクチン接種回数論争】
もう一度、この問題を振り返りましょう。
10月16日、厚労省で開催された意見交換会で、免疫が上がりにくいとされる1
歳から13歳未満の小児以外は、原則1回接種とすることが合意され、新聞各紙は大
きく報道しました。この結果、ワクチンの準備量は、2回接種を想定した場合の27
00万人分から大幅に増加し、4000万人分の国産ワクチンが確保されることとな
りました。この報道、多くの国民は吉報と感じたでしょう。
ところが、意見交換会直後より、多くの専門家が、この合意に疑問を呈しました。
特に問題となったのは、20~50歳代の健康な男女200人を対象とした臨床研究
の結果を、小児、持病を持つ人、高齢者、妊婦に当てはめたことです。
10月19日の深夜、事態を憂慮した足立信也政務官が、前回とは別の専門家も加
えて、公開で議論をやり直しました。前回の会議を主導した尾身茂 自治医科大学教
授、田代眞人 国立感染症研究所インフルエンザウイルス研究センター長に加え、舛
添要一前厚生労働大臣時代から厚労大臣のアドバイザーを務めていた森澤雄司・自治
医大病院感染制御部部長、森兼啓太・東北大大学院講師、岩田健太郎・神戸大大学院
教授の3人が参加しました。森澤、森兼、岩田氏らは、前回の合意内容について疑問
を呈し、尾身教授たちは弁明に終始しました。この議論は、ロハスメディカルで、ほ
ぼ再現されています( http://lohasmedical.jp/news/2009/10/20010545.php )。お読
み頂ければ、当日の雰囲気がわかります。
この議論を経て、足立政務官は16日の合意を白紙撤回し、健康な医療従事者以外
は従来の二回打ちを基本とする方針を打ち出しました。
インフルエンザワクチンの接種は、膨大な臨床経験に基づいて、2回打ちが基本と
いうコンセンサスです。一方、今回の臨床研究は、「成人健常人では1回うちで、接
種3週間後に抗体価が上昇していること」を確認したに過ぎません。臨床研究の対象
でない、小児や病人には当てはめるのは慎重であるべきです。また、インフルエンザ
ワクチンの効果は短いと考えられており、1回の接種で上昇した抗体価がいつまでも
もつかは分かりません。
【記者クラブの弊害】
厚労官僚が自らの判断に、科学の仮面をかぶせることはよくある話です。厚労行政
は、「ペーパードライバー」である医系技官が「勘と度胸」で決めると揶揄されてき
ました。
ところが、この問題を複雑にしたのが、記者クラブの存在です。彼らの存在が、こ
の問題を国民に理解しづらくしたと言っても過言ではありません。
彼らにとっては、いつもと同じく、役人の説明通りに記事を書いたのに、足立政務
官のせいで、誤報になったのだからたまらないでしょう。ある意味で被害者です。こ
のあたり、元朝日新聞記者でロハスメディカル発行人の川口恭氏が面白いコメントを
書いています。
「19日晩に急遽開催された新型インフルエンザワクチン接種に関する緊急ヒヤリン
グは、大変に白熱して面白かった。しかし終了後の記者たちの顔を見ていると、金曜
日の専門家会議について旧来型取材の常識に則って記事を書き、結果的に"誤報"とさ
れて面白くなかったらしい。無理に要約しようとするから間違えるので、当方はあん
まり要約しない」
19日以降の記者クラブ発の記事は、足立政務官パッシング一色です。足立政務官
の方針変換が現場に混乱を引き起こしていることを強調し、かつ匿名の厚労省高官を
登場させ、「医師だからといって専門知識を振りかざしたり、自分に近い専門家らの
意見ばかり重用するなら、医療行政の私物化につながる」という主張を繰り返してい
ます。
一方、森澤、森兼、岩田委員のコメントを掲載した新聞はありません。これでは、
あまりにも一方的です。一連の報道で、ワクチン接種の回数について医学的な議論に
ウェイトが置かれていないことは、記者クラブの問題意識の所在を示しています。国
民にとって知りたいのは、「何回打てばいいの?」ということなのに、それに対して
科学的な根拠を示した記事はありませんでした。
【週刊誌や医学界の反応】
ところが、この議論、徐々に盛り上がりを見せつつあります。週刊朝日、フライデ
ー、週刊文春という週刊誌が内情を暴露する記事を書き、また、全国医学部長会議な
どの学術団体が見解を発表したのです。いずれも足立信也政務官の判断を是としてい
ます。
新聞と週刊誌の相互チェックが存在するのは、我が国のメディアが健在であること
を示す証左です。
【欧州審査当局の見解発表】
さらに、23日に欧州審査当局(EMEA)は、新型インフルエンザワクチンに関
する声明を発表しました。EMEAは米国FDA、我が国の医薬品医療機器総合機構
(PMDA)と並び世界の医薬品審査センターの三極を形成する専門家集団です。彼
らの主な仕事は医学・薬学的判断で、行政・政治的判断とは距離を置いています。
彼らは、バクスター、グラクソ・スミスクライン、ノバルティスの申請データをベ
ースに、新型インフルエンザワクチンは2回打ちが望ましく、健常成人については1
回でいい可能性があるが、現時点では結論は時期尚早と発表しました。森澤、森兼、
岩田委員よりも、さらに慎重な態度です。
インフルエンザワクチン接種の標準は2回打ちで、これを変更するには、臨床試験
に基づく十分な検証が必要という基本を守っており、妥当な判断と言えます。基礎研
究などの都合のいいところだけを貼り合わせて、議論を誘導するのは、臨床研究の禁
忌です。
私は、EMEAの主張を、大手新聞社がどのように扱うか興味津々でした。現在ま
で、ワクチンの薬効・毒性評価の専門家が発表した、世界で唯一の判断だからです。
ところが、このプレスリリースを報道したマスメディアはありませんでした。
【WHOの見解発表】
10月30日、WHOは新型インフルエンザワクチン接種に関する見解を発表しま
そして、ほぼ全ての新聞が報道しました。WHOは、加盟国のほとんどが途上国であ
るため、主に途上国の公衆衛生に配慮している国際機関です。ワクチン開発の専門家
ではありません。
彼らは、以下のように述べています。是非、原文のままお読みください。
「SAGE recommended the use of a single dose of vaccine in adults and
adolescents, beginning at the age of 10 years, provided such use is
consistent with indications from regulatory authorities.
Data on immunogenicity in children older than 6 months and younger
than
10 years are limited and more studies are needed. Where national
authorities
have made children a priority for early vaccination, SAGE recommended
that
priority be given to the administration of one dose of vaccine to as
many
children as possible. SAGE further stressed the need for studies to
determine dosage regimens effective in immunocompromised
persons.」
ところが、この声明は、朝日新聞では「生後6か月以上ならワクチン接種は原則1
回 WHO勧告」という見出しに変わってしまいます。本文中では、キーニー・ワク
チン本部長の電話会見として、「生後6か月以上のすべての人は原則として1回接種
でよいと勧告した」と述べています。キーニーさんは、WHOの公式見解とは随分違
うことをいったものです。
私には、発展途上国の公衆衛生を念頭においたWHOが、「1回でもいいから、で
きるだけ多くの子供たちにワクチンを打とう」と呼びかけているだけで、「1回で十
分」とは言っていないように読めます。多くの発展途上国は、先進国ほどワクチンを
持ってないので、最低1回でも無理であるという現状を考慮すれば、WHOの発表の
見方も変わってきます。
ちなみに、時事通信になると随分とニュアンスが変わります。記者、デスクの見解
を反映するのでしょうか。
「生後6カ月以上10歳未満の子供では、『免疫に関するデータが限定的で、さらに
検証する必要がある』と説明。明確な判断を先送りしたが、ワクチンの早期接種で子
供を優先対象先としている場合には、できるだけ多くの子供に1回の接種を行うよう
促した」
朝日新聞の医療チームの、今年前半の新型インフルエンザに関する記事は大変素晴
らしいものだったと思います。検疫や学校封鎖に対する世論を変えたのは、朝日新聞
の功績と言って過言ではありません。そのように考えれば、今回の「不正確な記事」
については、非常に残念です。
【小児の接種者を増やすにはどうすればいいか?】
新型インフルエンザから小児を守ることに反対する人はいません。そして、多くの
人はワクチンが有望だと考えています。では、我が国で必要なことは何でしょうか?
私はワクチンの接種回数を1回にすることではなく、小児の優先接種順位をあげ、
6150円にのぼるワクチン接種の自己負担を軽減することだと考えています。この
うち、特に重要なのは後者です。保護者に高額なワクチン接種費用を負担させれば、
低所得家庭の子どもがワクチンを打たないことは明らかです。もし、高校生以下の新
型インフルエンザワクチン接種費用を公費で負担した場合、その費用は1300億円。
現在の財政状況を考えれば、極めて厳しいことはわかりますが、国民的な議論に値す
る問題です。そして、その役割は新聞などマスメディアに期待されています。
【数字遊びのワクチン確保発表】
余談ですが、厚労省のワクチン確保発表は、数字遊びのように見受けます。
例えば、厚労省が夏頃から発表した優先接種対象者の合計は5400万人。国産ワ
クチンの準備量は、ずっと1700万人分でしたが、政権交代後に、突然、2700
万人分に上方修正されました。厚労省によれば、その理由は、ワクチンの増殖率が向
上したそうです。
もし、優先接種対象者が1回打ちでよければ、国産ワクチンだけで5400万人分
が確保でき、輸入ワクチンは不要になります。そして、その通りの論戦が行われてい
ます。5400万÷2=2700万。この奇妙な数字の一致は偶然なのでしょうか?
そして、医系技官が主導した意見交換会は、これとは無関係なのでしょうか?
【本当にワクチンは輸入できるのか?】
海外のワクチンを輸入するためには、臨時国会での立法が必須です。その中には、
海外メーカーがワクチンの副作用で訴訟された場合、その費用を国が立て替えるとい
う条項が入ります。この法案は、国産メーカーと海外メーカーを差別することや、訴
訟をしなければ被害者が救済されないことなど、多くの問題を抱えています。果たし
て、これで国会を通過できるのでしょうか。
ちなみに、もし国会を通過しなければ、海外ワクチンは輸入できません。日本政府
は違約金を払い、外資系企業は、日本用にストックしていたワクチンは他国に流すで
しょう。そうなれば、輸入ワクチン阻止のための、立派な「非関税障壁」が完成する
と見なすことも可能です。一方、ワクチンラグは、益々、悪化し、国民は泣きを見ま
す。マスメディアでは、この危険性は議論されませんが、十分にありえそうです。新
型インフルエンザワクチン問題は、まだまだ目を離せそうにありません。