村上 龍氏が主催するJMMというメールマガジンで、拙文を配信していただきましたので、ご紹介いたします。『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』として定期的に配信いただいています。
こちらは医療者に限らず様々な職種の方が購読されており、医療現場が抱える問題について少しでも多くの方々に知っていただけるのではないかと期待しています。
許可を頂いて転載いたします。
2008年4月9日発行
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JMM [Japan Mail Media] No.474 Extra-Edition2
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■ 『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 上 昌広
第2回 マスメディアの「名義貸し」報道から地域医療の崩壊が始まった
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■ 『絶望の中の希望~現場からの医療改革レポート』 第2回
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マスメディアの「名義貸し」報道から地域医療の崩壊が始まった
医療崩壊は我が国の大きな社会問題となっています。マスメディアで医療崩壊の話題が報道されない日はありませんし、今月の12日には、日比谷公会堂で「医療現場の危機打開と再生を目指す国会議員連盟」が公開シンポジウムを開催し、産科、麻酔科、救急などの医師不足、地方での医療崩壊、医療と訴訟の軋轢などを議論するようです <http://www.iryogiren.net/>。このシンポジウムには、舛添厚生労働大臣をはじめ、与野党の政治家はもちろん、多くの患者、医療者、医学生が参加するようです。
勿論、私も参加します。
政府・与党は、昨年の参議院選挙前には緊急的に医師確保、医師派遣といった対策を打ち出しましたが、医師派遣はわずか6人にとどまり、焼け石に水でした。また、医師不足に悩む地方都市が高額の給料を提示し、医師を招聘していますが、上手く行っているという話は聞きません。どうして、政府・与党が必死になっても、この問題は解決できないのでしょうか。それは、医療システムは複雑で、医療問題を解決する特効薬などないからです。医療崩壊を食い止めるには、医療に関係する全ての人が正確に現状を認識し、納得がいくまで議論し、コンセンサスを作り上げなければならないのです。「法律で決まっている」「欧米では......となっている」のような、他者に規範を求めることは短期的な合意形成には有効ですが、現状と適合していなければ、やがて破綻します。
私たちの研究室では、マスメディア、厚生労働省や刑事事件など医療周辺の動きと委縮医療、我が国の高齢化を含めた医療需要の現状分析と将来推計、諸外国と比較した場合のわが国の医療提供体制に関する現状分析と将来推計など、多岐にわたるデータから現状を見据えたうえで、主に患者の安全性の観点から、必要とされる医療改革について提言を行っています<http://kousatsu.umin.jp/>。今回は、喫緊の問題である地方での医師不足の背景を解説し、その対策について議論したいと思います。
■マスメディアの「名義貸し」報道から地域医療の崩壊が始まった
我が国の医師数は欧米先進国と比較して、著しく少ないことは周知の通りです。2007年のOECDデータでは、トルコ、韓国、メキシコに次ぐ医師不足国です。また、2003年時点の100病床あたりの病院従事者数は、アメリカ・イギリス・ドイツ・イタリア4カ国の平均が439人であるのに対し、日本は101人と、わずか23%に過ぎません。
このように、我が国の医師数は大幅に不足しているため、医療現場では医師の労働強化という形で対応せざるをえませんでした。現在、マスメディアでは当直や残業による勤務医の過酷な状況がクローズアップされ、舛添要一厚生労働大臣になって初めて政府も医師不足を認め、医師の労働環境が議論されるようになりました。
ところで、2003年から04年にかけて、医師の名義貸しが話題になったことをご記憶でしょうか。北海道などの僻地の病院で、実際に勤務していないのに給料を貰っている医師がいることが問題視され、2003、04年の2年間に主要5新聞にて約500件の記事が掲載されました。この結果、医師が不労所得を得ることはけしからんという風潮が強まりましたが、その背景は十分に報道されませんでした。
実は、僻地の病院にとって医師の名義貸しは必要悪だったという見方も存在するのです。どのような職業でも同じでしょうが、若者は僻地勤務を嫌がりますから、僻地の病院は恒常的に医師不足に悩みます。一方、県庁所在地等の都市部の大病院には、腕を磨くために若い医師が集まります。皆さんは信じられないでしょうが、数年前までは大学病院で働く若手医師には、身分保障なしの無給で働く人が多く、生活に困っていました。この問題を、現場でうまく調整していたのが医師のアルバイトでした。
若手医師にとって唯一の収入源になったと同時に、地方の病院は、大学や大病院に所属する医師を「非常勤(アルバイト)」として雇用し、医師不足を解決してきたわけです。
あまり報道されていませんが、我が国では、厚労省が全国一律に医師定数や医療の金額を定めており、この医師定数を満たさないと病院は唯一の収入源である診療報酬を受けられず、経営が成り立ちません。地方の病院は、存続のために必要とされている常勤医師数を確保するため、非常勤(アルバイト)の医師を常勤として届けていました。このため、我が国では病院に勤務する医師の実数は約16.6万人ですが、病院が報告している常勤換算医師数は18.0万人と奇妙な逆転現象が起こっています(病院報告、医師・歯科医師・薬剤師調査)。ちなみに、病院看護師の実人数と常勤
換算数は、は60.0万人、56.8万人です。
このように、医師の名義貸しは、僻地における医師不足対策という側面があったのですが、厚労省は、この問題を深く掘り下げて抜本的対策をとることなく、処分・規制を強化しました。2003年度の厚労省による病院への立ち入り検査後の処分数は62件と、前年の26件から倍増しました。また、2002年には診療報酬の価格が1.3%値下がりしました。この結果、2002年以降、病床数、病院数は、毎年0.3%、0.5%程度減少しています(病院報告、医師施設調査)。つまり、アルバイト医師に依存していた病院がつぶれたわけです。これが、地域医療崩壊の始まりです。
私は「名義貸し」という慣習は、国民へ実情を伝えていないため、改めるべきだと考えています。ただ、その方法は実情にそぐわなくなった法律に、むりやり現場を従わせるのではなく、臨機応変に対応すべきではないでしょうか。具体的には地方の病院の設置条件を緩和したり、非常勤医師の積極的活用も考慮していいと思います。医療現場で非常勤医師が重宝されたのは、それなりの合理的な理由があるはずです。
ちなみに、地方では病院勤務医の多くは公務員です。現行制度では、志のある公務員の医師が夕方以降や休日に僻地で診療し、少しでも医療崩壊を食い止めようとしても、国家公務員法や地方公務員法の専業規定に抵触する可能性があるのです。驚くことに、国立病院や公立病院に勤務する名医が、隣の病院の手術を助けにいくこともままならないのです。これでは、患者の視点にたった制度とは言えません。
■医師臨床研修制度の導入が医療崩壊を加速した
我が国における従来の医師教育は、大学の医局に依存する部分が多く、総合医より専門医や研究が出来る医師が高く評価される傾向がありました。このため、2004年、厚労省は医師の総合的臨床能力の向上を目指して、医師臨床研修制度を導入しました。この制度の中で、特に次の2点が地域医療崩壊に大きな影響を与えました。
まず、研修医のスーパーローテートの義務化です。厚労省は、局長通知により、医学部を卒業して2年目までの研修医に対し、主要な診療科を全て回ることを義務化しました。この制度の下では、全ての研修医が、多くの診療科を短期間ずつ回ります。
臨床研修制度が導入されるまでは、医師は大学を卒業すれば、速やかに各専門医局に入局して、専門の研修を始めたこととは対照的です。従来の制度下では、新米医師も半年くらいたてば、仕事の仕方を覚え、初歩的な医療行為は出来るようになりました。
しかしながら、新制度下では研修医は短期間でローテーションするため、お客さん扱いされることが多く、実質的な戦力にはなっていません。短期間のローテーションでも、一生懸命勉強する研修医は、書物や経験を通じて医学や医療技術は習得することは可能でしょう。しかしながら、実際に医療を行う上では、職場の医師・看護師・薬剤師などとの人間関係の構築やしきたりに精通する必要があるのは、皆さんの職場と同じです。この結果、現行の研修制度下では、多くの医師は2年間の臨床研修を終えて専門を決めた後から、本格的な医療スタッフとしての経験を積むようになっています。つまり、医師として一人前になるのが2年遅れたわけです。このことは、2年間、医療現場への医師供給がストップしたことを意味し、大学病院は研修医の労働力不足を補うために、地域の中核病院から中堅医師を引き抜かざるを得ませんでした。
この結果、地域の中核病院の崩壊が進みました。
より良い医師をそだてるためのカリキュラムを充実させることは、明らかに必要です。ただ、現行のスーパーローテート方式は、そのために最適の方法だったか、じっくりと検証する必要があります。ちなみに、米国の医師養成は4年制のメディカルスクールという制度を採用しています。メディカルスクールの入学者は、既に医学部以外の学部を卒業しているため、4年間の全てを医学教育に費やします。特に後半の2年は病院実習として、全ての診療科をローテーションします。この実習カリキュラム
は非常に充実しており、医師としての一通りの技能を身につけます。
卒業後は、そのまま専門分野の研修を始めます。日米の医学教育制度を比較した場合、アメリカでは4年(メディカルスクール4年)で終わる医学教育を、日本では8年(医学部6年+卒業研修2年)に延長したとも言えます。厚労省は、医学部教育(文科省所管)の充実ではなく、医師臨床研修制度(厚労省所管)の充実で対応しようとしたとも解釈できます。世間で、しばしば指摘されている厚労省、文科省の間の行政の縦割りの弊害だったのかもしれません。
つぎに、ほとんど報道されていないのですが、新制度下では医師法が改正され、研修医の非常勤(アルバイト)が禁止されたことが挙げられます。これまでは、研修医は先輩医師から紹介されて、あまり患者さんが来ない病院の当直や、軽症の患者さんばかりの外来にアルバイトに行っていました。これは、給料の安い研修医にとっては、非常に有り難い話でした。
また、このようなアルバイト先は、一般的に給与や立地条件などの条件が悪いため、医師確保に難渋していた経営者にとって低賃金で雇用できる研修医は貴重な労働力だったのでしょう。しかしながら、研修医のアルバイトが禁止されたため、2学年約14500人分の労働力が、突然、地域医療へ供給されなくなりました。この急速な変化に対応できなかった病院は閉院せざるを得ませんでした。高齢の医師が一人でやっているような小規模医院や病院の閉院をイメージしてみてください。
研修医の技量向上を目指して導入されたスーパーローテート方式の義務化が、我が国の医療崩壊を加速化させたとは皮肉なことです。このように新制度導入は、社会に予期しない影響を与えることがあります。ちなみに、私は医療制度における大改革が成功した事例をみたことがありません。おそらく、医療は地域ごとに極めて多種多様であり、国家が統制するだけでは上手くいかないのでしょう。また、医療現場が構築してきた代償システムが大改革によって、機能しなくなるためでしょう。医療を再生するには、医療に関係する全ての人が正確に現状を認識し、納得がいくまで議論し、コンセンサスを作り上げなければならないと思っています。
次回は、司法手続きが医療に与えた影響を解説します。
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上 昌広(かみ・まさひろ)
東京大学医科学研究所 探索医療ヒューマンネットワークシステム部門:客員准教授
Home Page:<http://expres.umin.jp/>
帝京大学医療情報システム研究センター:客員教授
「現場からの医療改革推進協議会」
<http://plaza.umin.ac.jp/~expres/mission/genba.html>
「周産期医療の崩壊をくい止める会」
<http://perinate.umin.jp/>
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JMM [Japan Mail Media] No.474 Extra-Edition2
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【発行】 有限会社 村上龍事務所
【編集】 村上龍
【発行部数】128,653部
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