厚労省第三次試案に対する意見  ~当研究室より提出

当研究室からの意見要約

■刑事処分について

・ 現状において、「軽度な過失」でも処罰されている。「重大な過失」か「軽度な過失」かという判断は、運用によってどのようにでも解釈し得る。

・ 悪質か否かも、運用によってどのようにでも解釈し得る。例えば、証拠隠しをしたものに限らず、営利目的、実験的、名声追求の利己目的、説明不足でも、どのようなものでも悪質というレッテルを張られかねない。つまり、運用に歯止めがない。

・ 現状において、薬剤や患者の取り違いといった、単純ミスは「重大な過失」とされている。死亡という結果の重大性に着目して「重大な過失」とされ、業務上過失致死罪が適用されている。

・ 現状において、刑事司法は結果の重大性に着目しているが、その取り扱いを変更することについて、何の権限もない厚労省の一検討会の意見に過ぎず、警察・検察の公式見解は書かれていない。

・ 第3次試案に書かれている通り「責任追及を目的としたものではない」ならば、行政処分機関にも捜査機関にも通知すべきではない。責任追及を目的としていないことの制度上の担保がなければ、現場の医療者は安心して診療に当たることはできない。

刑事処分について、ソネット・エムスリーに井上清成弁護士のわかりやすい記事があります。
刑事司法が再び"暴走"する危険はないのか http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080214_1.html
単純ミスは「重大な過失」か http://www.m3.com/tools/IryoIshin/080115_1.html


■行政処分について

・ 厚労省は、管理者に対する新たな行政処分を設けようとしているが(医療法)、既に存在する行政処分について、十分説明すべきである。例えば、現状において既に次のような行政処分権限が存在する。

○健康保険法 ほぼすべての病院に毎年1回立ち入る
社会保険事務局が保険医・保険医療機関・保険薬剤師・保険薬局の指定・取消の権限をもつ
○医療法 ほぼすべての病院に毎年1回立ち入る(医療監視員)
都道府県が医療機関の開設・休止・廃止、増員命令、医療機関の業務停止命令、施設使用制限命令、管理者の変更命令の権限をもつ。
厚労省は特定医療機関に関してのみ権限をもつ
○医師法 厚労省が医師免許取消・医師の業務停止命令の権限をもつ

・ 医療法に基づく医療機関に対する処分権限は都道府県がもっているが(地方分権の流れになる前から、歴史的にも医療は県の行政)、重複して国が処分権限を持たなければならない理由は何か。国に新たな権限を創設するのではなく、県に任せるのが筋ではないか。ひとつの事案について、医療機関に対する処分と、医師(主治医等)への処分とが、両方発動される(厚労省が暴走する・単に処分が二重になるだけ)危険性が高い。

・ 現に、厚労省は、保険医取り消しの行政処分と、医業停止の行政処分を二重に行っている。医療機関や管理者に対する行政処分権限を創設すれば、医師(主治医等)に対する行政処分がなくなるわけではない。従って、「個人に対する行政処分については抑制する」保証はない。

 

以下に、当研究室から提出のパブリックコメント全文を記載します。

 

 

2 医療安全調査委員会(仮称)について

【委員会の設置】

6) 医療死亡事故の原因究明・再発防止を行い、医療の安全の確保を目的とした、国の組織(医療安全調査委員会(仮称)。以下「委員会」という。)を創設する。

 

・そもそも真相に最も近く、原因究明を行うべき主体は、当事者である医療者であり、当事者の前に第三者が介入することは、むしろ原因究明を阻害する。まず当事者が医学的・科学的な真相究明を行い、それでも患者・家族の納得が得られない場合に、第三者の介入が必要となる。

・ひとつの組織が異なる2つの目的を持ち、いずれも達成されない可能性が高い。ひとつの組織にひとつの目的を持たせることが、制度設計の基本である。

・全国唯一の組織が「正しさ」を判断することは、医療の統制につながる。医療における判断・選択は、患者ひとりひとり、家族ひとりひとり、医療者ひとりひとりによって多種多様であり、「正しさ」の答えはひとつではないからである。全国唯一の組織が決める「正しさ」に、すべての国民が従わざるを得なくなり、患者・家族の自由な選択は阻害される。国の委員会に一元化することは危険である。

・医学的・科学的な真相究明を目的とし、複数の多様な委員会が、多様な専門家による多様な「正しさ」の判断を示せる制度とすべきである。多様な専門家による多様な選択が存在することを、患者・家族が知ることも、納得を得るために重要なプロセスである。

 

 

7) 委員会は、医療関係者の責任追及を目的としたものではない。

 

・責任追及を目的としないと明記したことは評価できるが、制度上の担保は何も示されていない。

・委員会は、責任追及の機能をもつ。(井上清成弁護士 「4つの原因究明」―死因究明制度・厚労省第二次試案の法的「目的」は?― MRICメルマガ

・全国唯一の組織が「正しさ」を判断する結果、民事訴訟・行政処分・刑事処分すべてが増加する可能性が高い。

 

 

13) 中央に設置する委員会、地方委員会及び調査チームは、いずれも、医療の専門家(解剖担当医(病理医や法医)や臨床医、医師以外の医療関係者(例えば、歯科医師・薬剤師・看護師))を中心に、法律関係者及びその他の有識者(医療を受ける立場を代表する者等)の参画を得て構成することとする。

27)③ 診療録等や解剖結果に基づき臨床医等の医療関係者がとりまとめた臨床経過の評価を基に、解剖担当医や臨床医、法律家等からなる調査チームが、死因、死亡等に至る臨床経過、診療行為の内容や背景要因、再発防止策等についての評価・検討を行い、調査報告書案をとりまとめる。

 

・「法律関係者」「法律家」を入れるのはなぜか。法的判断つまり責任追及をするためであろう。

・「医療を受ける立場を代表する者」を入れるのはなぜか。患者・家族の判断・選択は多種多様であり、それを第三者が代表することはできない。ひとりひとりの多様な選択を尊重するためには、当事者である患者・家族本人が、その希望によって入るか否か選択できるようにするべきである。

・医学的・科学的な真相究明を目的とし、医療の専門家によって構成すべきである。患者・家族の希望がある場合は、患者・家族が参加できるものとすればよい。

 

 

14) 調査対象となる個別事例の関係者は、地方委員会による調査に従事させないこととする。なお、委員会が適切に機能するためには、何よりも国民の信頼を得るものでなければならず、委員には中立性と高い倫理観が求められる。

 

・当事者を調査から排除するならば、ますます真実から遠ざかり、医学的・科学的な真相究明は不可能となる。この委員会が原因究明を目的としているとは考え難い。

 

 

 

【医療死亡事故の届出】

16) 医療死亡事故の再発防止、医療に係る透明性の向上等を図るため、医療機関からの医療死亡事故の届出を制度化する。

 

・透明性の向上とは何か。医療者が患者・家族に十分説明し、当事者間で話し合うことではないのか。第三者が介入する前に、当事者間の対話を促進する院内医療メディエーター(後述)を置くといった措置が必要である。当事者間で十分対話を行い、それでも患者・家族の納得が得られない場合に、第三者の介入が必要となる。

・「制度化」は「義務化」を意味することは、西島英利議員の発言からも明らかである。(西島英利議員インタビュー "医療事故調"の自民党案と厚労省案は別 ソネット・エムスリー聞き手・橋本佳子

・医療機関が届出が必要と考えても遺族が承知しないとき、医療機関は板ばさみとなる。死者にはプライバシーはなく、公共福祉のために届出なければならないこととなるが、それでよいのか。

 

 

17) 届出義務の範囲については、死亡事例すべてとするのではなく、現行の医療事故情報収集等事業における届出範囲を踏まえ、図表のとおり、明確化して限定する。

 

図を挿入予定です。

 

・結果として、死亡事例すべてを届出ざるを得ない(後述)。

・現行の医療事故情報収集等事業は、匿名・免責だからこそ、曖昧な届出範囲でも成り立っている。医療機関名や個人名を明記し、責任追及と連動する委員会への届出に、現行の医療事故情報収集等事業における届出範囲を用いることは不適切である。

現行の医療事故情報収集等事業の届出範囲には、「医療機関内における事故の発生の予防及び再発の防止に資する事案」という項があり、委員会が再発防止を目的とするならば、この項をこそ届出範囲とすべきだが、「①過失」と「②行為と死亡との因果関係」という法的責任の構成要件を届出範囲としており、この委員会が責任追及の機能をもつことは明らかである。(井上清成弁護士 「4つの原因究明」―死因究明制度・厚労省第二次試案の法的「目的」は?― MRICメルマガ

・届出範囲を限定するとあるが、法令上の条文を個別ケースに適用するか否かは、法的判断をする者が個別に判断することであり、限定することを約束したことにはならない。委員会の結論が警察、検察に対して拘束力を持たない以上、その結論を尊重するといっても、具体的事件においては無視される可能性が高い。(元東京地検特捜部長 河上和雄弁護士 医療事故調に対する見解 MRICメルマガ) 

・現に、厚労省は、犯罪等に適用されていた医師法21条を、医療にも拡大して適用した。(現場からの医療改革推進協議会 医師法21条の歴史と矛盾) 厚労省が医師法21条の適用範囲を元に戻さない限り、法令の適用を「限定する」と言っても、信用できない。

 

 

19) 医師法第21条を改正し、医療機関が届出を行った場合にあっては、医師法第21条に基づく異状死の届出は不要とする。

 

・この改正案では、医療機関が委員会へ届出なかった場合は、医師法21条に基づく警察への届出義務があるため、上記の届け出範囲を「限定する」制度上の担保は存在しない。

・医療機関が委員会へ届出なかった場合は、医師法21条に基づく警察への届出義務があるため、死亡事例すべて届出とならざるを得ない。

 

 

21) 医療法では医療機関における医療安全管理の責任は、その管理者にあることを踏まえ、届出範囲に該当するか否かの判断及び届出は、死体を検案した医師(主治医等)ではなく、必要に応じて院内での検討を行った上で、当該医療機関の管理者が行うこととする。

 

・管理者が委員会へ届出なかった場合は、医師(主治医等)に医師法21条に基づく警察への届出義務が発生する。責任を問われる者が、管理者と医師(主治医等)に分かれているという法的なねじれ構造を、厚労省は十分説明すべきである。

 

 

22) 届出範囲に該当すると医療機関の管理者が判断したにもかかわらず故意に届出を怠った場合又は虚偽の届出を行った場合や、管理者に報告が行われなかった等の医療機関内の体制に不備があったために届出が行われなかった場合には、医療機関の管理者に、まずは届け出るべき事例が適切に届け出られる体制を整備すること等を命令する行政処分を科すこととする。このように、届出義務違反については、医師法第21 条のように直接刑事罰が適用される仕組みではない。

27)⑤ 地方委員会(調査チームを含む。以下同じ。)には、医療機関への立入検査や診療録等の提出命令、医療従事者等の関係者からの聞き取り調査等を行う権限を付与する。

 

・後述の【行政処分】参照。

 

 

23) 医療機関の管理者が、医師の専門的な知見に基づき届出不要と判断した場合には、遺族が地方委員会による調査の依頼を行ったとしても、届出義務違反に問われることはない。

 

・この場合、管理者が届出義務違反に問われることはないが、医師(主治医等)が医師法21条に基づく警察への届出義務違反に問われる危険性が高い。

 

 

29) 医療機関からの届出又は遺族からの調査依頼を受け付けた後、疾病自体の経過としての死亡であることが明らかとなった事例等については、地方委員会による調査は継続しない。(この場合には、医療機関における説明・調査など、原則として医療機関と遺族の当事者間の対応に委

ねることとする。)

 

・無責任に途中で投げ出し、患者・家族の不信・不満を煽るような、第三者介入の制度をつくる意義は何か。そもそも当事者間の対応が基本であり、当事者間で十分調査及び対話を行い、それでも患者・家族の納得が得られない場合に、第三者の介入を可能とする制度とすべきである。

 

 

 

【院内事故調査と地方委員会との連携】

32) 地方委員会において調査が開始された事例であっても、医療機関は医療を提供した当事者として医療安全の観点から独自に原因究明を行う責務がある。地方委員会に調査をすべて委ねるのでは、当該医療機関内における医療安全の向上に結びつかない。院内において自らも事実関係の調査・整理を行い、原因究明・再発防止策の検討等を行い、再発防止策の実施に自ら取り組むことが重要である。

 

・ 「地方委員会に調査をすべて委ねるのでは、当該医療機関内における医療安全の向上に結びつかない」のであれば、そもそも第三者へ届出させて第三者が調査することの意義は何か。この委員会が再発防止を目的としているとは考え難い。

・まず当事者が医学的・科学的な真相究明を行い、十分な説明や対話を行い、それでも患者・家族の納得が得られない場合に、第三者の介入を可能とする制度とすべきである。

 

 

33) このため、一定の規模や機能を持った病院(特定機能病院等)については、医療法に基づき設置が義務付けられている「安全管理委員会」の業務として、地方委員会に届け出た事例に関する調査を行い再発防止策を講ずることを位置付ける。

35) 一定の規模や機能を持った病院(特定機能病院等)については、安全管理委員会に、事故調査委員会を設置するなどして医療事故調査を行うこととし、①当該医療機関以外の医師や弁護士など外部の委員の参画、②調査結果の患者・家族への説明を行うこととする。なお、その具体的な運営の在り方については、引き続き検討する。また、中小病院や診療所については、自施設での医療事故調査には様々な困難があることから、その支援体制についても併せて検討する。

 

・「安全管理委員会」の業務は、安全管理つまり将来のすべての患者に関する再発防止であり、調査業務つまり過去の一人の患者に関する真相究明とは異質のものである。「安全管理委員会」と真相究明を行う院内の委員会とは、連携は必要だが、独立のものとすべきである。

・厚労省は医療費抑制を優先するあまり、医療者の雇用を増やさずに兼任で新たな業務を法的に課すばかりでなく、十分な安全管理及び真相究明に取り組める雇用を増やせるよう、十分な財源措置を講ずるべきである。

 

 

【中央に設置する委員会による再発防止のための提言等】

37) 調査報告書を踏まえた再発防止のための対応として、中央に設置する委員会は、

① 全国の医療機関に向けた再発防止策の提言を行う。この際には、関連する各種学術団体と協働していく必要がある。

② 医療機関における安全管理の基準の見直しなど、医療の安全の確保のために講ずべき施策について、関係行政機関に対して勧告・建議を行う。

38) なお、医療事故の再発防止の観点からは、平成16 年より財団法人日本医療機能評価機構が、医療事故情報収集等事業を実施している。この事業は、特定機能病院や国立病院機構の病院等の医療機関の参加によるものであるが、患者に有害事象が発生した事例、さらには事故には至らないインシデント(ヒヤリ・ハット)まで含めて幅広く事例の収集・分析を行っている。この収集・分析した情報を日本医療機能評価機構から中央に設置する委員会に情報提供を行うこととし、中央に設置する委員会では、地方委員会の調査報告書だけでなく日本医療機能評価機構からの情報も参考として、再発防止策を検討する必要がある。

 

・再発防止策は、個々の医療機関における多種多様な取り組みとなる場合が多く、そもそも再発防止に取り組むべき主体は医療機関である。国の役割はそのような現場の取り組みを支援する環境整備や財政措置を講ずることではないか。

・全国1カ所の委員会が、すべての医療機関に向けて一般化した再発防止策を提言できるケースは極めて稀であり、どれだけ実現可能か、実現したとしてどれだけ効果があるか、疑問である。税金を投入して新しい制度を作る前に、現行の医療事故情報収集等事業において行った再発防止策の提言やその効果について、厚労省は情報公開すべきである。現場からの医療改革推進協議会が行った調査によれば、厚労省の現行制度を現場で役立てることができたと答えた医療者はわずか1~4%であった。

 

 

【捜査機関への通知】

39) 医療事故による死亡の中にも、故意や重大な過失を原因とするものであり刑事責任を問われるべき事例が含まれることは否定できない。医療機関に対して医療死亡事故の届出を義務付け、届出があった場合には医師法第21 条の届出を不要とすることを踏まえ、地方委員会が届出を受けた事例の中にこのような事例を認めた場合については、捜査機関に適時適切に通知を行うこととするが、医療事故の特性にかんがみ、故意や重大な過失のある事例その他悪質な事例に限定する。

40) 診療行為そのものがリスクを内在するものであること、また、医療事故は個人の過ちのみではなくシステムエラーに起因するものが多いこと等を踏まえると、地方委員会から捜査機関に通知を行う事例は、以下のような悪質な事例に限定される。

① 医療事故が起きた後に診療録等を改ざん、隠蔽するなどの場合

② 過失による医療事故を繰り返しているなどの場合(いわゆるリピーター医師など)

③ 故意や重大な過失があった場合(なお、ここでいう「重大な過失」とは、死亡という結果の重大性に着目したものではなく、標準的な医療行為から著しく逸脱した医療であると、地方委員会が認めるものをいう。また、この判断は、あくまで医療の専門家を中心とした地方委員会による医学的な判断であり、法的評価を行うものではない。)

 

・「責任追及を目的としたものではない」ならば、行政処分機関にも捜査機関にも通知すべきではない。

・「重大な過失」は刑事責任を問われるべきと断定しているが、「重大な過失」か「軽度な過失」かという判断は、医学的判断ではなく法的判断であり、委員会がこのような法的判断をする機関であるならば、法的責任追及を行う機関であるといえる。

・現状において、「軽度な過失」でも処罰されており、「重大な過失」か「軽度な過失」かという判断は、運用によってどのようにでも解釈し得る。(井上清成弁護士 刑事司法が再び"暴走"する危険はないのか ソネット・エムスリー

・悪質か否かも、運用によってどのようにでも解釈し得る。例えば、証拠隠しをしたものに限らず、営利目的、実験的、名声追求の利己目的、説明不足でも、どのようなものでも悪質というレッテルを張られかねない。つまり、運用に歯止めがない。(井上清成弁護士 刑事司法が再び"暴走"する危険はないのか ソネット・エムスリー

・現状において、薬剤や患者の取り違いといった、単純ミスは「重大な過失」とされている。死亡という重大な結果だからこそ、「重大な過失」とされ業務上過失致死罪が適用されている。(井上清成弁護士 単純ミスは「重大な過失」か ソネット・エムスリー

・現状において、刑事司法は結果の重大性に着目しているが、その取り扱いを変更することについて、何の権限もない厚労省の一検討会が記載したに過ぎず、警察・検察の公式見解は書かれていない。

・業務上過失致死傷罪の"暴走"が続かないという保障はどこにもない。(井上清成弁護士 刑事司法が再び"暴走"する危険はないのか ソネット・エムスリー) 

 

 

3 医療安全調査委員会以外での対応(医療事故が発生した際のその他の諸手続)について

医療安全調査委員会は、医療死亡事故の原因究明及び再発防止を目的としたものであり、その業務は調査報告書の作成・公表及び再発防止のための提言をもって終了する。医療死亡事故が発生した場合の民事手続、行政処分、刑事手続については、委員会とは別に行われるものである。

 

・既に述べたとおり、委員会は、原因究明の目的も、再発防止の目的も十分に果たすことはできず、責任追及のための委員会として機能するだろう。

・全国唯一の機関が、多様なはずの「正しさ」をひとつに決めてしまう報告書を公表することにより、民事手続、行政処分、刑事手続において、公式・非公式に報告書が利用され、多様な「正しさ」が、与えられたひとつの「正しさ」に合致しない場合には処罰されることになる。結果として、紛争が増加する、あるいは、紛争を回避しようとすれば、与えられたひとつの「正しさ」に従うため委縮医療とならざるを得ない。

 

 

【遺族と医療機関との関係】

41) 一般に、診療行為に関連した予期しない死亡を始めとした医療事故が発生した場合に医療機関に対して求められることは、「隠さない、逃げない、ごまかさない」ことである。こうした初期の対応が適切になされない場合に、患者・家族と医療機関の意思疎通は悪化し、遺族の医療機関への不信感が募り、紛争に発展しているとの意見もある。医療事故の発生時には、医療機関から患者・家族に、事故の経緯や原因等について、十分な説明がなされることが重要である。

42) このためには、日常診療の中で医療従事者と患者・家族が十分な対話を重ねることが重要であり、また、事故発生直後から医療機関内での対応が適切になされる必要があり、患者・家族の感情を受け止め、真摯にサポートする人材の院内の配置が望まれることから、その育成を図る。

43) また、医療機関と遺族との話し合いを促進する観点から、地方委員会の調査報告書は、第三者による客観的な評価結果として遺族への説明や示談の際の資料として活用されることが想定される。これにより、早期の紛争解決、遺族の救済につながることが期待される。

44) 医療機関と遺族との間では紛争が解決しない場合の選択肢としては、民事訴訟や裁判所による調停、弁護士会の紛争解決センター等の裁判外紛争解決(ADR)機関の活用等がある。いずれの場合においても、事実関係の明確化と正確な原因究明が不可欠であり、地方委員会の調査報告書は、早期の紛争解決、遺族の早期救済に役立つものと考えられる。

45) なお、民事訴訟制度による紛争解決には、解決までに時間がかかる、費用が高い、経過や結果が公開される等、様々な制約もあることから、医療においても、裁判外紛争解決(ADR)制度の活用の推進を図る必要がある。このため、医療界、法曹界、医療法に基づき各都道府県等に設置された医療安全支援センター、関係省庁、民間の裁判外紛争解決(ADR)機関等からなる協議会を設置し、情報や意見の交換等を促進する場を設ける。

 

・【遺族と医療機関との関係】に述べられていることが、医学的・科学的な真相究明と同様、初期から取り組むべき重要なことであるにも関わらず、具体的な案が提示されていない。

・早稲田大学紛争交渉研究所や日本医療機能評価機構では、医学・心理学・法学等を組み合わせ、患者・家族と医療者の対話促進・関係再構築を支援するモデルとしてメディーション技法を開発し、平成16年から約700~800名の院内医療メディエーターを育成した実績がある。(下図:東京大学医科学研究所 医療崩壊の現状分析と対策に関する考察

・2008年3月7日に、日本医療メディエーター協会が設立され、さらに養成プログラム、研鑽・意見交換、普及・連携活動等を行っている。(日本医療メディエーター協会

・国は、これら民間の自発的な活動や弁護士会の裁判外紛争解決(ADR)機関等の活動を推進する環境整備や財政措置を講ずるべきである。

・国は、このような人材の院内の配置のため、病院が雇用できるよう、財源措置を講ずるべきである。

図挿入予定です

医療崩壊の現状分析と対策に関する考察http://kousatsu.umin.jp/

 

 

【行政処分】

22) 届出範囲に該当すると医療機関の管理者が判断したにもかかわらず故意に届出を怠った場合又は虚偽の届出を行った場合や、管理者に報告が行われなかった等の医療機関内の体制に不備があったために届出が行われなかった場合には、医療機関の管理者に、まずは届け出るべき事例が適切に届け出られる体制を整備すること等を命令する行政処分を科すこととする。このように、届出義務違反については、医師法第21条のように直接刑事罰が適用される仕組みではない。

27)⑤ 地方委員会(調査チームを含む。以下同じ。)には、医療機関への立入検査や診療録等の提出命令、医療従事者等の関係者からの聞き取り調査等を行う権限を付与する。

47) 地方委員会では、医療の安全の観点からの調査が実施されることから、医療事故に対する行政処分は、医療の安全の向上を目的とし、地方委員会の調査結果を参考に、システムエラーの改善に重点を置いたものとする。

48) 具体的には、以下のとおりとする。

① システムエラーの改善の観点から医療機関に対する処分を医療法に創設する。具体的には、医療機関に対し、医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出を命じ、再発防止策を講ずるよう求める。これにより、個人に対する行政処分については抑制することとする。

② 医師法や保健師助産師看護師法等に基づく医療従事者個人に対する処分は、医道審議会の意見を聴いて厚生労働大臣が実施している。医療事故がシステムエラーだけでなく個人の注意義務違反等も原因として発生していると認められ、医療機関からの医療の安全を確保するための体制整備に関する計画書の提出等では不十分な場合に限っては、個人に対する処分が必要となる場合もある。その際は、業務の停止を伴う処分よりも、再教育を重視した方向で実施する。

49) なお、医療事故に対する行政処分については、医療従事者の注意義務違反の程度の他、医療機関の管理体制、医療体制、他の医療従事者における注意義務の程度等を踏まえて判断する。このため、医道審議会における審議については、見直しを行う。

 

・「まずは・・体制を整備する・・行政処分を科す」とあるが、次はどんな行政処分を科すのか書かれていない。曖昧な届出範囲に該当するか否かは、法令を運用する者(厚労省等)が事後的に決めるのであるから、法令を運用する者の個別判断次第で、このようなケースが頻発することも十分考えられる。
・医療法に、管理者に対する新たな行政処分を設けようとしているが、既に存在する行政処分について、十分説明すべきである。例えば、現状において既に次のような行政処分権限が存在する。

○健康保険法 ほぼすべての病院に毎年1回立ち入る
社会保険事務局が保険医・保険医療機関・保険薬剤師­・保険薬局の指定・取消の権限をもつ
○医療法 ほぼすべての病院に毎年1回立ち入る(医療監視員)
都道府県が医療機関の開設・休止・廃止、増員命令­、医療機関の業務停止命令、施設使用制限命令、管理者の変更命令の­権限をもつ。
医政局指導課は特定医療機関に関してのみ権限をもつ
○医師法 
医政局医事課が医師免許取消・医師の業務停止命令の権限をもつ

・医療法に基づく医療機関に対する処分権限は都道府県がもっているが(地方分権の流れになる前から、歴史的にも医療は県の行政)、重複して国が処分権限を持たなければならない理由は何か。国に新たな権限を創設するのではなく、県に任せるのが筋ではないか。ひとつの事案について、医療機関に対する処分と、医師(主治医等)への処分とが、両方発動される(厚労省が暴走する・単に処分が二重になるだけ)危険性が高い。

・現に、厚労省は、保険医取り消しの行政処分と、医業停止の行政処分を二重に行っている。医療機関や管理者に対する行政処分権限を創設すれば、医師(主治医等)に対する行政処分がなくなるわけではない。従って、「個人に対する行政処分については抑制する」制度上の担保は存在しない。
・個人の注意義務違反に関する判断は、医学的判断ではなく、法的判断である。「委員会の調査結果」に、このような判断が含まれるのであれば、この委員会は責任追及のための機関であるといえる。
・国が実施する再教育制度は、法制度上、明確な「不利益処分」であり、これを拡大・強化することは、国家による「ペナルティ」強化であり、萎縮医療につながる。現場の医師達が指摘している「再教育」、つまり、ある医師の将来のためを思い、その医師が診療する患者のためを思い、その専門性・地域性・診療内容に対応した「研修」「教育」とは、明らかに異質のものである。専門性・地域性・診療内容を考慮して、再教育の内容をひとりひとり個別に組むことは、医療の素人である役人には不可能である。もし本当に、目的が「ペナルティ」ではなく、「教育」であるならば、法律上の「不利益処分(ペナルティ)」である再教育制度とは、明確に切り離す必要がある。本当の「教育」は、現場の医師達が主導で、各専門分野、各職場で行う以外に実現方法はない。病院長のリーダーシップや現場の専門家間の評価(Peer Review)をいかにうまく機能させていくか、各地で活発な議論が始まっている。