MSN産経ニュースの【正論】に、和田秀樹先生の論説が掲載されています。
第三者機関の必要性と、今回の案の問題点を非常に分かりやすく述べてくださっています。このような形で一般の方々にも理解をしていただくことは非常に重要と思います。
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【正論】精神科医、国際医療福祉大学教授・和田秀樹 本当に患者のための運用を
2008.2.22 02:58
■医療事故調に公平判断を求める
≪ミスによる死の見極め≫
医療事故を調査する専門の第三者機関として、医療事故調査委員会の設立を厚生労働省が進めている。政府・与党の合意を得て、平成22年までにスタートさせるとのことだ。
確かに、この手の調査機関がないために、医療ミスの判断は困難だ。家族が医療に伴う納得のいかない死に方をした際に、それを医療ミスかどうか判断してもらうことも難しい。セコンド・オピニオンを得ることや、訴訟の際に証言を与えてくれる医師はまだまだ少ない。
逆に、医療行為は、100%の成功を保証するものではない。患者側が医療ミスと思っていても、実際は、ある確率で起こり得る死亡や障害であることも珍しくはない。簡単な手術でさえ、やはり危険は伴うのだ。
そういうことを公平に判断してくれる機関の存在は望まれるが、今回の第三者機関については、いくつかの点で問題があるといわざるを得ない。
最大の問題点は、この調査結果が、刑事処罰を前提にしたものであるということだ。
原案では、死因がはっきりしない診療関連死について届け出が義務付けられ、それを怠った場合は罰則が課せられる。その調査の結果、故意や重大な過失だった場合は、事故調から警察に通報することになっている。
ところが、この「死因がはっきりしない」という判断が意外に困難だ。患者さんの体力や体質によって、簡単な手術とされるものでも、予想外の急変もあり得る。また患者さんの側で納得の上で、難度の高い手術を行うこともあるだろう。しかし、こういう際に、不幸にして患者さんが亡くなった場合、罰則をおそれて全例、事故調に報告することになり得る。
≪立件数増加につながる?≫
実は、さまざまな医療ミス事件の報道があったことを契機に平成12年に厚生省が、このような診療関連死を警察に届け出るように指導を行った。
それによって医療者から警察への届け出が急増したのだが、それに伴って刑事立件が急増した。平成17年についてみると、届け出177件に対して、91件が刑事立件されている。
事故調ができるとさらに届け出が増え、立件が増えることを恐れる医療関係者は少なくない。福島県の大野病院で、難しい前置胎盤のお産がうまくいかず、妊婦が死亡した事件で医師が逮捕されたのをきっかけに、中小病院の産科医がその後の不安から一斉に引き上げ、お産ができない病院が急増した。
このため、最近は検察も送検されたケースを起訴しないことが増えているのだが、事故調にお墨付きが与えられた場合は、起訴ケースは増えるだろう。
医療訴訟の多いとされるアメリカでも、民事訴訟は盛んに行われていても、傷害や死亡が故意のものでなければ刑事処分は、原則的にない。
刑事罰は、萎縮(いしゅく)医療を誘発するだけで、民事できちんと賠償したほうが患者さんの側のメリットも大きいはずだ。
≪現場を萎縮させない法は≫
また、この事故調案が出てから、臨床研究まで萎縮することになった。東大医科研の上昌広准教授の報告では、2007年から日本における副作用や合併症の症例報告が激減している。自分がかかわったことを告白してやぶへびになりたくないという医師の心理が働いているのだろう。原因究明のために作るというが逆効果なのである。
もう一つの大きな問題はマンパワーの問題だ。
医療ミスの鑑定は、やはり有能な医師の存在なしには成り立たない。診療関連死を全例ということであれば、相当な数で、しかも専従者が必要だ。
そうでなくても医師不足が問題になっている地方で、このようなことが可能なのだろうか?
一方で、スタッフ不足の中、いい加減な鑑定機関になるのであれば、現場の医師を不安にするだけの、厚生労働省の単なる天下り機関になるだけだ。
逮捕と隣り合わせのこのような機関ができれば、若くて技量のない伸び盛りの医師も不安で腕を磨くための手術などはできなくなるし、手術死の可能性のある難度の高い医療行為は避けられるようになり得る。
今、必要なのは、医療行為の結果に納得のいかない患者さんや家族のための調査機関だ。すべてのケースでなく、納得のいかないケースだけになれば、マンパワーも多くは必要ないし、病院側も機関に送られる前に誠実な対応をするだろう。現実に、医療ミス問題が注目されるようになって、病院側の対応がよくなったためか、被害関係者からの届け出は減っている。
厚生労働省のごり押しでない、現実的な調査機関の設立を望みたい。
(わだ ひでき)