がん臨床研究に不可欠な症例登録を推進するための患者動態に関する研究
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分担研究報告 透析患者における患者動態研究



考察

患者動態研究の事例として、千葉県における透析導入について調査した。県全体の推定慢性透析導入患者数は1552.8人であった。これは日本透析医学会の調査(2005年)による導入数1577人と近似しており、本研究の推定が妥当であることを示唆した。
 千葉県の単位人口あたり推定透析導入患者数は25.3人/人口10万人であり、全国平均(27.0人/人口10万人)より少なかった。しかし、東京都に近い東葛南部、東葛北部、千葉の3医療圏が県平均を下回るのに対し、県東部から南部にかけての香取海匝、夷隅長生、安房の3医療圏で人口10万人あたり30人を越え、地域格差が見られた。これは県東部・南部の過疎・高齢化を反映していると考えられる。このような地域は高齢化と同時に医療過疎の問題を抱えることが多いと考えられ、高齢者への医療提供体制の整備が求められる。
 医師密度の比較でも、単位人口あたりと単位面積あたりで大きな地域格差が見られた。単位人口あたりでは千葉医療圏が246.0人、安房医療圏が265.0人とほぼ同数であったが、単位面積あたりでは千葉医療圏の830.3人に対し安房医療圏は65.5人であり、10倍以上の格差があった。安房医療圏の中でも住民の医療過疎感には地域差があり、館山市は3次救急へのアクセスが悪いと言われる。安房医療圏の医師の約3分の2は鴨川市に集中しているものの、館山市の単位人口あたり医師数は168.4人と県平均を上回っている。しかし、単位面積あたり医師数は77.1人と少なく、3次救急施設へは山間部を抜ける必要がある。これらの条件が住民の医療過疎感の背景にあるものと考えられる。
 山武地域は県内でも医療過疎が最も深刻であると言われる地域であり、医師数は単位人口あたり99.1人、単位面積あたり51.9人とともに低い。しかし、これは医療過疎があまり問題となっていない君津医療圏(単位人口あたり117.6人、単位面積あたり50.3人)とほぼ同水準である。この統計データと感覚のずれには、山武地域は域内に中小病院しか持たず3次救急施設も存在しない一方、君津医療圏には大規模病院があることが影響している可能性がある。このように「医療過疎」の実態は地域によって異なり、また必ずしも統計には現れない可能性があり、それぞれの地域に応じた対策が必要とされる。
 亀田総合病院で慢性透析導入を行った患者の居住地分布から、亀田総合病院の診療圏は県南部を広くカバーしていることが明らかになった。市町村別推定慢性透析導入患者数と比較すると、亀田総合病院は鴨川市、勝浦市、御宿町、大多喜町のほぼすべての患者について透析導入を行っていると考えられる。さらに君津市、南房総市の鴨川市に近い地域、いすみ市の一部などからも多くの透析導入患者が亀田総合病院で透析導入を受けており、その診療圏は安房、夷隅長生、君津の3医療圏にまたがる。一方、夷隅長生医療圏の中でも長生地区や、安房医療圏のうち館山市や南房総市のうち鴨川市から遠い地域では、推定導入患者数に対する亀田総合病院で透析導入を行った患者数は少なくなっている。これはそれぞれ茂原市、館山市に透析導入施設が存在するためと考えられる。このように、亀田総合病院の診療圏は必ずしも2次医療圏とは一致していない。したがって、地域の特性を考慮しつつも、医療圏のみにとらわれない弾力的な診療体制の構築が重要である。
 透析導入施設に勤務する日本透析医学会専門医1人あたりの推定透析導入患者数は、安房、市原、香取海匝、千葉医療圏で20人を下回っていた(県平均28.2人)。千葉医療圏については大きな人口を抱えるものの専門医も集中していることを反映しており、安房、香取海匝の両医療圏は人口が比較的少ない一方、大規模病院が域内に存在する事が影響していると考えられる。市原医療圏は市原市単独の医療圏であり、抱える人口が少なく大規模病院も存在する。日本腎臓学会専門医については千葉、香取海匝、安房の3医療圏で県平均(47.1人)を下回る結果であった。なお、導入施設常勤の腎臓学会専門医がいない君津・夷隅長生両医療圏の患者を安房医療圏がすべてカバーしていると仮定すると専門医1人あたりの患者数は44.1人であった。
 本研究の問題点として以下の点が挙げられる。
 第1に、患者動態調査が単一の医療施設、透析導入という単一の処置に関するものであるという点がある。今回明らかになった患者動態は千葉県内でもごく一部であり、さらに詳細に患者動態を検討するには他施設に調査範囲を広げる必要がある。第2に、日本透析医学会発表の調査結果と、今回の亀田総合病院における透析導入数調査結果との比較可能性が問題となる。日本透析医学会の調査のアンケート回収率は高く(2005年98.87%)、国内の慢性透析に関する統計資料としては最も信頼できるものである。しかし、統計の性格上、retrospectiveに検証すると慢性透析導入とは言い難い症例が含まれている可能性がある。今回、亀田総合病院の透析導入患者数の集計ではそのような症例を厳密に除外したため、比較可能性には問題が生じる。ただし、このような急性期の臨時透析は高次医療施設のみに発生するものであり、全体に占める割合は高くないものと思われる。第3に、今回は透析医療提供体制の調査として日本透析医学会および日本腎臓学会の専門医の勤務先の分布を調べたが、両学会の専門医が必ずしも透析導入に従事する医師ではない、非常勤勤務を考慮していないという点がある。第4に、医療過疎地域の状況は特に最近数年間で急激に悪化しているため、平成18年調査結果では統計データ上でも山武地域の医療過疎が明らかになる可能性がある。

結論

亀田総合病院の診療圏は必ずしも2次医療圏とは一致していない。したがって、地域の特性を考慮しつつも、医療圏のみにとらわれない弾力的な診療体制の構築が重要である。
 千葉県西部と東部・南部には医療提供体制に大きな格差が存在し、深刻な医療過疎問題を抱える地域がある。しかし、一般に「医療過疎」と言われる現象の実態は医療提供体制、患者の分布、動態など地域によって異なり、また必ずしも統計に反映されない。各地域の実情の的確な把握と、それに応じた柔軟な対応策をとる必要がある。

  
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(旧:探索医療ヒューマンネットワークシステム部門) 上 昌広 
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