考察
患者動態研究の事例として徳島県における造血器悪性疾患について調査した。徳島県の単位人口当たり推定罹患者数は全国平均(23.9人/10万人)よりも多かった。これは人口高齢化を反映していると考えられ、市町村別推定罹患者数では遠隔地にも患者が多いことが明らかとなった。従って、人口高齢化が進行すると、遠隔地に居住する高齢患者に対する医療支援体制の確立が益々重要となる。
2次医療圏毎に医師密度を比較すると、単位人口と単位面積で大きな差が認められた。この差は一般市民が感じる「医療過疎」を説明する可能性がある。ただし、単位人口と単位面積で同様に大きな医師密度差を認めた西部U医療圏と南部U医療圏では状況が異なる。西部U医療圏のへき地医療拠点病院では3次救急救命センターや外来化学療法室を整備するなど病院整備が進行している。一方、南部U医療圏のへき地拠点病院では非常勤医師が診療を維持しているのが実状である。
へき地医療体制にこのような差が出現している要因をフィールドワークで調査した。医療関係者からは地域特性を指摘する意見が挙げられた。
西部U医療圏は山間部にひろがる農村地帯(図6)で、縄文時代の遺跡や数々の歴史書にも名が記載されており、古い文化を有する。2000年3月には徳島自動車道が全線開通した。この地域の住民は地元志向であり、この傾向は平成7年国勢調査の「買物行動」でも認められる。南部U医療圏は沿岸部に位置し、主要な産業は漁業(図7)、第3次産業である。同圏域の買物行動は徳島市近郊に及んでおり(平成7年国勢調査)、地元開業医とのヒアリングでも大病院志向が強い傾向にあるとのことであった。
図6 徳島自動車道からの田園風景
図7 徳島県南部の典型的な漁港
このように、同様に医療過疎である地域においても地域特性によって患者動態や医療提供の質に違いがあり、必ずしも医師を増加させることだけが解決策ではないことが示唆される。さらに、調査病院別の患者居住地分布から、いずれの中核医療機関も患者の70%以上が病院所在地から半径約25km以内に居住していることが明らかとなった。これらの事実は、地域特性を十分に考慮したがん診療体制の構築が必要であることを強調している。
通院圏の大きさは通院頻度や入院治療の必要性に依存すると考えられ、今回調査した造血器悪性疾患は、密な外来診療が必要な内科診療圏と入院治療が重要な外科診療圏の中間に位置すると考えられる。
現時点での患者動態調査は全ての中核医療機関を網羅しておらず、2次医療圏毎の推定患者数と3病院の調査から得られた患者分布では差が認められる。今後、調査協力病院を拡大する予定である。ただし、この推定患者数と実際の患者分布との差について、他の都道府県医療機関を受診している可能性や医療機関を受診していない可能性があることが考えられ、今後の重要な研究課題の一つである。
徳島市内への診療の集約化は進んでいるが、市内病院間のセンター化(機能分化)について問題提起された。徳島市及びその近郊では高度医療を提供できる公的病院が複数存在する。このうち、2病院は新病院建替えのため建設計画が立案、或いは建設中である。徳島赤十字病院は平成18年5月に新病院での業務が開始されたばかりである。このように医療設備の整備は進行しているが、病院間の連携は必ずしも円滑ではなく、機能の重複が認められる。地理的に患者が集約する一方で、各々の病院には患者集積効果が直接反映しない現状を浮き彫りにしている。この打開のためには法整備や行政レベルの垣根を越えた運用、企画・調整力のある人材の育成が課題である。
患者動態とともに医師動態も調査した。徳島県の単位人口当たり医師数は全国第1位である(厚生労働省大臣官房統計情報部「平成16年医師・歯科医師・薬剤師調査」より、徳島県: 282.4人/人口10万人, 全国平均: 211.7人/人口10万人)。県内血液内科医数は23人であり、医師一人当たり新規患者数は1.0人/月で、ほぼ充足していると考えられる(医師3人1組のチーム制を仮定すると1チーム当たりの新規患者数は3.0人/月である。)。しかし、医療現場から、医師を含む医療資源分布の偏りが問題提起された。全血液内科医に対する徳島市内に勤務する医師の割合は73%であるのに対し、全推定罹患者数に占める徳島市内罹患者数の割合は26%であった。また、医師の非常勤勤務先も徳島市近郊に集中しており、遠隔地医療体制に大きな問題が生じていることが明らかとなった。
本研究の制限として1)全中核医療機関に対する患者動態調査が完了していない, 2)単一診療科の患者動態である, 3) 遠隔地での詳細な患者動態は把握されていない 4) 患者固有の条件を考慮していないことが挙げられる。今後も継続して、該当調査地域の患者動態調査を遂行する予定である。なお、本研究には調査病院との深い信頼関係が必要である。厚生労働省科学研究費事業であることは関係者の理解を得やすかった。研究遂行には行政・立法機関からの情報が必須であり、企画・調査・調整能力を有し臨床経験のある研究者及び、実務者の両者の存在が必要である。
結論
がん医療の均てん化及び臨床研究推進には、@がん拠点病院などの集約化の推進、A柔軟にカスタマイズできる医療機関の連携が重要である。地域特性を考慮した医療機関の連携は重要な課題の一つである。
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