考察
研究第1年目である平成18年度においては患者動態調査の基盤となるデータ収集を重点的に行った。複数の医療機関を対象としたがん患者動態調査の先行研究の報告はなく、研究事務局にて方法論の検討を行った(分担研究者 山口拓洋、松村有子)。倫理面についても配慮し研究実施計画書を東京大学医科学研究所倫理審査委員会に提出し承認を得た。その後、京阪奈地域(分担研究者,林邦雄)、東京多摩地域(分担研究者、小林一彦、濱木珠恵)、徳島県(主任研究者、上 昌広)において造血器悪性疾患患者の患者動態を調査した。いずれの結果も、診療圏として病院所在地より半径25km以内或いは近隣市町村内であり、適切な診療圏は都道府県のような広域モデルではなく、むしろ市町村或いはそれ以下を単位としたモデルであることが示唆された。興味深いことに徳島県では同様に医療遠隔地であるが、患者動態の特徴が異なったという事例が報告されている。これらの事実は地域特性を十分に考慮したがん診療体制の構築が必要であることを強調している。
また、高齢者急性白血病の患者動態研究(分担研究者宮越重三郎)、透析患者(分担研究者 小原まみ子)、在宅医療(分担研究者、川越正平)における患者動態に関しても調査した。今後、このような非悪性疾患の患者動態との比較により、がん臨床研究推進のための患者動態の特徴がより正確に表出されるものと期待している。
これとは別に医療提供体制の具体的な事例研究として、同種造血細胞移植について地域別及び都道府県別に検討した(分担研究者 小松恒彦)。同種造血細胞移植実施数には想定を上回る地域間格差を認め、医師教育体制との関連が示唆された。医療施設間情報伝達手段に関する研究(分担研究者 中村利仁、竹内賢吾)では、医療機関を対象とした広報物は著しく少なく、医療者個人のネットワークに依存している現状が明らかになり、地域医療機関ネットワークシステムの構築に重要な知見を与えている。
患者動態に関する患者や一般市民の行動要因を明らかにするために、転院及び臨床試験に関するアンケート調査を遂行した。これらの調査から、行動要因として、知り合いや、担当医、病院といった従来から存在する因子が一定の役割を果たしていることが明らかになったが、インターネットや院内雑誌といった新しい情報伝達手段が列挙された。今後、情報技術革新が進展すると、このような新規の情報伝達手段が患者の行動要因に大きな影響を与える可能性がある。
以上のように本研究はがん患者以外のデータや経済学及び情報学からの検討を加えることにより、多角的にがん患者動態を評価することが可能である。現在、北関東地域(栃木県、茨木県)及び山陰地域(鳥取県、島根県)において、がん患者動態調査を遂行している。さらに、徳島県では中核医療機関を対象に全診療科の外来患者について動態調査を計画している。今後、次年度の研究課題である、がん臨床試験登録促進に必要な中核施設の条件、および紹介元施設と紹介受け入れ施設間の情報交換を円滑にするための方策、臨床研究登録患者の満足度を向上させるために必要な事後フォローアップシステム、臨床試験遂行に関与した全ての関係者の満足度を向上させる具体的な方策を提言したいと考える。
結論
がん患者動態調査研究はがん臨床研究を推進する上で基盤データを提供し、多角的な検討を加えることにより具体的な方策を提言できる。
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