第1回 平成19年4月20日
厚生労働省からの指名で、座長は前田雅英・首都大学東京法科大学院教授と決まりました。前田氏は、刑法学者です。医療について議論する検討会で、刑法学者を座長にするとは、厚生労働省は医療を刑事で片づけるつもりなのでしょうか。医療崩壊へ向かっている現場の危機感を、どれだけ理解しているのでしょうか。今後も注視していきたいと思います。
パブリックコメントの結果については、第2回で報告するそうです。
かなり分かりやすい傍聴記録がこちらにありますので、ぜひご覧下さい。
第2回 平成19年5月11日
4月20日締め切りのパブリックコメントに寄せられた意見が、発表されました。とはいえ、458ページに渡る大部だからということで、傍聴席には配られず、厚労省のHPにも掲載しないそうです。厚労省へ行けばもらえるようですが。厚労省の集計には、意見の総数140件(個人:113件、団体:27件)、個人の内訳は医療従事者91人、法曹関係者3人、左記以外10人、不詳9人とありますが、団体の内訳は書いていません。団体も1件ずつ見ていくと、27団体に名前を連ねているのは、合計5761人でした。28学会が合同で提出した意見も、厚労省は1団体とカウントしたようです。パブリックコメントに意見を提出したのは、全体で5874人、そのうち5716人(97.3%)は、現場からの医療改革推進協議会の意見書に賛同して下さった皆さんです!改めて、ご賛同いただきましたこと、深く御礼申し上げます。
続いて、4人の参考人の方からのヒアリング、モデル事業の説明等がありました。詳細は、ぜひ 傍聴記録 をご覧下さい。この中でも特に、「医療崩壊」の著者である小松秀樹氏が、前田雅英座長の質問に対して見事な切り返しをしておられたので、ご紹介いたします。
小松氏が提出された資料に「業務上過失致死傷を医療に適用すべきではない。」「故意犯罪であることが明白になった時点で調査を中止し、検察に引き継ぐ。」とあることについて、
前田: 私も刑法の専門なので、法の限界は承知しているつもりだが、法体系が国民生活を縛って、かつ安心も与えている。医療については、医療の専門家も入れて議論するようにしている。刑事がそんなに医療にずかずか入っているのか。
小松: 2~3年前からそうだ。
前田: 先生は刑法で裁くのは故意のものに限 るべきとの立場のようだが、故意と過失の線引きはできない。
小松: 私は法律のことは詳しくないが、アメリカでは、業務上過失致死傷はないそうだ。業務上過失致死傷を医療に入れると司法が暴走する。刑事の中でも揺れ動いていて、これでは現場で常に死と向き合っている者はたまらない。検察も、捜査を隠して誰かを犯人に仕立て上げるのは、故意犯ですよね。
前田: 絶句
この検討会は、第1回から、法律関係者が、患者の立場の方や医師に対して裁判の誘導尋問のような質問を発する不愉快な場面が多々ありますが、前田座長の「刑事が医療にずかずか入っているわけではない」「故意犯が刑法で裁かれるなら、過失犯も刑法で裁かれるべきだ」と言わせたい誘導尋問を、小松氏は見事に切り返し、さらには前田座長を絶句させるだけの疑問を投げかけています。小松氏の覚悟のほどを感じさせると同時に、刑事介入によって医療崩壊へ向かっている実態を、刑法学者である前田座長は全く認識していない、法の限界を理解していないとしか思えないやり取りでした。
第3回 平成19年6月8日
今回はかなりの進展がみられました。というより、かなり強引に、前田座長が方針をまとめてしまいました。その方針は、次のようなものです。
1. 調査組織をつくる
2. 医療機関からの届け出を義務化する
3. 届出先は医療関連の調査組織(つまり厚労省関係)
4. 調査組織が振り分けて、明らかな過失は警察へ
5. 過失が明らかでないグレーゾーンを調査組織が担う
一見すると、何の抵抗もなく受け入れられそうな気がするかもしれませんが、よく考えてみると、これは、構造的にチェックがかからず、行政が暴走し得る仕組みです。医療現場に届出義務を課し、調査組織(公務員)が刑事の対象となり得るか否かを判断する制度では、警察への届出漏れを恐れるインセンティブが働くため、日本医師会が要望している「謙抑的姿勢」を期待することは難しくなります。たったひとつの意見を国が権威づけることによって、専門家の意見を国家統制し、自由な議論を封じ込めてしまいます。
検討会の詳細は、ロハスメディカルブログの 傍聴記録、傍聴記録その2 をご覧下さい。
第4回 平成19年6月27日
「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」について、中央事務局長の山口委員(虎の門病院院長)から説明があった後、これまでずっとオブザーバーとして参加し、発言の機会を与えられなかった警察庁と検察庁の2人の課長が、前田座長から発言を求められる形で、初めてコメントしました。厚労省から、発言を求めることは事前に知らせてあるのでしょうが、それにしては厚労省は警察や検察とのすり合わせが全くできておらず、委員達から反撃されてしまいました。
太田(警察庁刑事局刑事企画課長): 医療関連の立件数は、255件とピークになった2004年の前は、年間数件だった。平成12年の都立広尾病院事件の最高裁判決や、各学会等の声明など、ひとつひとつの事件をきっかけに増えてきた。
警察が医療の捜査に力を入れているという発言があったが、そういう認識はない。警察への届出数が増えれば、当然、きちんと捜査しなければならず、検察へ送致しなければならない。当然、送検数は増える。敢えて警察が手を突っ込んでいるわけではない。
過去に医師法21条関連の事件は7件あるが、すべて過失致死傷がついている。過失致死傷にふさわしいから立件しているのであって、21条による届出がなかったからといって立件しているものは1件もない。
第三者機関を作ることには賛成。現状では、病院からの届け出が増えており、専門知識のない警察の現場にとって大変な労力となっている。
すべて第三者機関へということではなくて、薬や量を間違えた、患者を取り違えた、手術のとき身体の中にガーゼを置き忘れたといった、明らかに刑事対象となるものは、もちろん捜査しなければならないので警察へ届けてほしい。医学的、専門的にどうかという点は、第三者機関で調査していただいたうえで、これはというのを警察へというのが、実務的にもよいし、遺族にとってもよいのだろう。では何が警察へ行く事例なのかとなると難しいが、これまでの事例の積み重ねを見ながら検討するのだろう。21条のガイドラインというよりは、何が刑事となるかならないかという観点のほうがよい。
現在のモデル事業でも、地域によって、警察の関与の度合いが違う。様々なやり方があって、検証されていくのだろう。
「明らかに刑事対象となるもの」の例示をあまりに広く言ってしまったため、後で児玉委員に反論されますが、見方を変えれば、専門的に医師が迷うケースは警察へ届けなくても良い、第三者機関が調べてくれればよい、と言っている点は注目に値します。しかし、病院が直接警察へ届けなくても、公務員である第三者機関が届け出漏れを恐れて、大量に警察へ回される危険性をはらむ ことにも注意しなければなりません。
甲斐(法務省刑事局刑事課長): 医療事故への刑事罰の適用について、検察は、警察から送致を受けて、起訴するか、不起訴とするか、決めていく仕事である。医療と司法の相互理解がこれまでされてきていないと感じる。
刑事司法の取り扱いは、謙抑的姿勢で臨んでいると、私どもは考えている。何でもかんでも起訴しているという印象をもっている医師もいるようだが、そんなことはない。全国のデータではないが、少なくとも本庁での医療事故の取り扱い(警察から送致された件数)は、年間10数件~30件程度。そのうち、起訴するのは数件未満。おおよそ0~3件であり、正式の起訴が半分くらい、略式起訴が半分くらいである。起訴に至るのは1割弱という、相当絞り込んだ運用をしている。
起訴した事例以外にも同種案件があり、社会的事象となるものもある。医療事故において、刑事罰がどんな役割をもつかというと、one of them であって、多くは行政的措置や民事的救済がされている。刑事は強制的であるがゆえに、謙抑的でなければならないと考えている。
医療には、刑事罰となる前の中間的なものがない。必ず刑事罰にしてほしいという人もいるかもしれないが、多くは真相を知りたいので、第三者機関ができて、きちんと究明され、双方が納得すれば、刑事まで来るケースは少ないのではないか。
第三者機関の制度設計上、いくつか留意点がある。
1.調査は中立・厳正が大きなポイントとなる。遺族が不信をもち、トラブルになってから来るケースが多いので、信頼を得られることが重要。
2.患者側は何を知りたいのか、それを調査できる十分なスタッフが必要。ややもすると解剖が先に立つが、どうしてこうなったか、何が起きたのかを知りたいなら、解剖だけで分からないこともたくさんある。カルテの調査や、聞き取り調査などのスタッフが必要。
3.患者・家族に十分説明をしていただく必要がある。患者・家族が納得しなければおさまらない。
4.行政処分、民事救済等との組み合わせがあるとよい場合もある。今は、刑事処分があれば行政処分されるという、普通の場合と逆になっているが、行政処分があれば刑事処分までしなくていいというのがあるべき姿。
5.証拠保全が必要。刑事へ行かざるを得ない場合に、もう証拠が残っていなくて調べられないというのでは困る。
2人の課長の発言が終わると、早速、児玉弁護士が、太田課長の「明らかに刑事対象となるもの」の例示に反論しました。
児玉: 「明らかに刑事対象となるもの」として、薬の間違い、患者取り違え、物の置き忘れの3つの例を挙げられたが、大きな違和感があった。
薬の間違いは、ヒヤリハットの情報収集によれば、病床数と同じくらいの件数起きており、ここにいる委員の皆さんも経験したことがあるだろう。
患者を取り違えたケースについては、致死となるケースはない。横浜市立大学の事件も、致傷なのにあれだけ騒がれた稀な事件。
手術中の物の置き忘れも、民事は多いが、これが明らかに刑事と言われると、医療への萎縮効果は極めて大きい。
「明らかに刑事対象となるもの」の例示は難しいだろう。ひとつひとつ専門的に判断された事例が立件されているのではないのか。
太田: 裁判例を前提に考えている。略式を含めて、これまで刑事裁判になった事例を数十例把握している。こういう中から類型化できないか、議論を重ねていかなければならない。
病院から見てもこれはまずいという場合は、証拠保全させていただく。第三者機関で時間がかかってから届けられるのでは困る。
起訴までなる事例は極めて少ないと思うが、そういうものは、警察へ来てほしい。それ以外は、第三者機関の判断を尊重する。これからも嘱託できればよいと考えている。それを刑事の証拠として使えるかという議論もあるだろうが。
前田: 法律の側は、医療のぎりぎりのところは医療に任せざるを得ないが、明々白々の事例が証拠保全されないのは困る。
高本: 第三者機関で専門的に調査しているのに、第三者機関では証拠保全できないというのは議論の飛躍ではないか。医学的な調査以上に、さらに必要な証拠とは何か。
甲斐: 第三者機関で調査してからという考えもあるだろうが、何も調査しないで最後に持ち込まれても、解剖もしてない、薬も残ってない、物がどこにどう保管されていたかもわからないでは困る。必要ないと思ったら捨ててしまう、レントゲンも必要なところしか撮らないでは困る。刑事に行く可能性のある事例では、とっておいてほしい。
太田: おそらく航空鉄道事故調査委員会のように、警察と調査組織の調査が同時進行的に進むのだろう。
山口: 院内の調査委員会が大きな役割を果たしているし、医療安全、再発防止を実行するのは病院だ。この院内の取り組みを阻害することがないようにしなければならない。
警察が捜査を始めると、事情聴取が進み、業務上過失致死の疑いがあると言われている横で、再発防止の発言をすることは現実的には難しく、主体となる病院活動が阻害される。自主的活動を阻害しない形での証拠保全は極めて難しく、調査を同時進行するのは現実的には難しい。
とても収集がつきません。刑事司法の立場も、医療の立場もわかりますが、あまりに異質なものを対象としているために、かみ合わない議論になってしまうのでしょう。前例に縛られ、決められた手続きを踏まなければならない行政官と、人間が決めたルールに従ってはくれない自然現象を対象とする医療者は、そもそも同じ土俵で議論することはできないのかもしれません。「医療と司法の相互理解がされていない」という甲斐課長の発言は、法の限界を知り尽くした上でのコメントかもしれません。調査組織をつくるための議論を、行政官と医療者が始める前に、法の限界と医療の限界を、私たち国民がどのようにとらえるかという、もっと根源的な議論が必要なのではないでしょうか。
これほど収集がつかない状況にも関わらず、前田座長は強引に取りまとめに入ります。
前田: 刑事も考えながら再発防止も考える必要がある。システムとして刑事責任も確保する、というポイントのところがかなり詰まった。今後、方向性をまとめていくうえで、合意できるものもある。
この検討会は制度設計する場ではない。議論だけする場なので、意見を出していただけばよい。
前田座長は、「刑事も再発防止も」というおよそ実現不可能な取りまとめをしただけでなく、「この検討会は制度設計する場ではない」と言い切ってしまいました。せっかく前向きに、制度設計にまで踏み込んだ甲斐課長の発言も、白紙だということなのでしょうか。このメンバーですりあわせる必要はないということのようです。これでは、検討会やヒアリングはガス抜きに過ぎないと揶揄されるのも仕方ないでしょう。
検討会の詳細は、ロハスメディカルブログの 傍聴記 もご覧下さい。
第5回 平成19年7月13日
厚労省が平成19年3月に公表した試案に沿って、これまで検討会で出された意見を厚労省がまとめた「資料1」を見ながら議論が進められましたが、そもそも厚労省の言う調査組織を何の目的のために作るのかが定まっていないため、たった14人の委員も同床異夢のままであり、これまでの議論は平行線でしかなかったことが露呈しました。多くの遺族の願いや現場の実情とはあまり関連しない刑事責任と民事責任を考える法律家たちと、医学的な解明と遺族の知りたい事実とのギャップを考える山口医師の発言が対照的でした。
樋口: 「真相究明」といっても人によって意味が違う。刑事責任については、疑わしきは罰せずということになるが、民事責任については、疑わしいなら救済に重点を置くというふうに「真相」の意味がずれてくる。
すべての意味での「真相究明」を、この第三者機関でやろうとすると、あやふやになり、どれもできなくなる。
前田: この調査組織での「真相」とはこうであると決めてしまうと困る。民事にも刑事にも使えるようにしなければならない。
樋口氏の指摘したとおり、ひとつの組織に複数の目的を持たせると、どれも実現しなくなることは常識と言っていいくらいですが、それでも前田氏は、何とかして刑事責任追及につなげたいようです。
山口: モデル事業では、医学的な解明を目的としてやってきたが、医学的な真相解明と、遺族の知りたい事実は違う。「あの時こういう説明だったが、違っていた」「あの時こういう説明だったが、後から聞かされた」というように、家族にどう伝わったかという点に、遺族の要望の大部分があり、輸血が是か非か、手術が是か非かというような、医学的な解明とは違う。この調査組織は再発防止のために作るのだから、医学的な解明が目的となる。インフォームドコンセントや満足度など、遺族の求めるものは別のところでやらなければならないが、この調査組織では、純粋に医学的な解明のために専門家が集まって議論すればよろしい。
検討会も終わりに近づき、再発防止の取り組みについて意見を促されたとき、児玉氏から現実的なコメントがありました。児玉氏の発言が示唆することについて、後で述べます。
児玉: ひとつひとつの事例の分析も重要だが、たくさんの事例の集積から見えるものがあるという視点を取り入れるべきではないか。その一例を述べる。誤注射はたくさんの事故があるが、ひとつの事例を分析しても労働環境が苛酷だといったことしかわからない。一方、たくさんの事例を見ると、病院内のあらゆる液体が誤注射されていることがわかる。なぜか。毒であっても、病院内のすべての液体が、注射器で計測も運搬もされるからである。毒は、注射器とは違う容器で計測し、運搬し、患者の点滴につながらない容器を使えば良い、ということが、たくさんの事例を分析して初めてわかる。
前田: ひとつの事例の分析をしないと、誰が間違えたかという責任ではないというふうに言い過ぎると、遺族の紛争解決から離れてしまう。
この前田氏の発言には驚きました。再発防止よりも責任追及が重要だと言っているようなものです。さすが、他の分野でも刑事罰の強化を唱えてきた厳罰主義者 です。すかさず、加藤弁護士から鋭い切り込みが入ります。
加藤: この第三者機関の調査は何のためにやるのか。刑事や民事責任につなげること限りでの調査もあるだろうが、この機関は、尊い犠牲から引き出せるものをできるだけ引き出すための機関だ。再発防止といっても、行政の制度上の問題点まで触れなければならない。行政機関として調査するのだから、そういう趣旨に立脚して設計してほしい。Aさんに責任があるといったことを、直ちに引き出したいというのは、とりあえず、この機関が目的にするものではない。
前田: それだけではなく、個々の解明も必要。下手人探しだけをやればいいと言っているわけでもないが、医師に関する問題解決もしなければならない。
前田氏は、複数の委員にこれだけ言われても、まだ、医師の中から下手人探しをすべきだと主張しているようでした。
ここで、児玉氏の「たくさんの事例を分析してわかること」という指摘に戻って考えてみましょう。厚労省は平成13年10月から、「ヒヤリ・ハット事例収集事業」を開始し、今では「医療事故情報収集等事業」と併せて行っています。報告書 (pdf) やヒヤリ・ハット事例情報データベース が公表されてはいますが、厚労省が目的に掲げてきた「再発防止」にどれだけ役立ったのでしょうか。医療従事者に対する注意喚起だけでは、ゼロにできないヒューマンエラーは必ず繰り返されるでしょう。注射針の刺せないバイアル、形状の異なる容器等の開発といった製薬メーカーが取り組むべきもの、児玉氏の指摘のように、毒は注射器とは違う容器で計測・運搬するといった病院が取り組むべきもの、加藤氏が指摘した行政の制度上の問題のように、労働環境や診療報酬といった厚労省が取り組むべきものなど、様々な立場でそれぞれやるべきことがありますが、具体的にはどれだけ実現し、どれだけ医療現場に還元されたのでしょうか。厚労省は既に6年間、国民の税金と、忙しい現場の医師・看護師たちの多大な労力を費やして、これらの事業で「再発防止」に取り組んできたはずですが、3月に公表した厚労省試案にあるとおり、新たに「再発防止」を目的とした調査組織を作ると言っているのです。私たち国民は、新たな組織を作るために多額の税金を投入させる前に、既存の「再発防止」のための組織がどの程度機能しているのか評価する必要があるのではないでしょうか。
ロハスメディカルブログの 傍聴記録、傍聴記録 続 をご覧下さい。
第6回 平成19年7月26日
前回、時間切れで議論できなかった「行政処分、民事紛争及び刑事手続きとの関係」から再開しました。最も紛糾する論点のひとつですが、やはり意見がまとまらないまま、次回はもう中間取りまとめとするそうです。
樋口: 今回つくる調査組織と、行政処分をどう連動させるのか。
栗山(医事課長): 今までもわずかだが独自に調査し処分してきた。医師法改正で調査に法的根拠ができたことになり、今後どうするのか検討課題だ。
前田: 調査組織の結果が行政処分に使われる見込みなのか。
二川(総務課長): 調査組織の報告書で、過失が認められる場合もあるだろう。今までは刑事処分の後に行政処分を行ってきたが、もう一度刑事処分を待つということでよいのかという問題意識はある。どう関連づけていくのか、この検討会でもご議論いただければありがたい。
厚労省は、法改正で権限を増やし、調査組織の設立で人員を増やし、医師に対する行政処分を増やしたいということのようです。ストレートにそうは言えないので、行政処分を増やせば刑事処分が減るという表現で、医療関係者を丸め込もうということでしょうか。
高本: 学会専門医を停止するという責任の取り方もある。刑事事件にするのは現実を見失う。自動車事故とも対比されるが、運転は普通にやっていれば大丈夫。しかし医療は違う。例えば、手術は普通にやっても何%死ぬというデータがある。
前田: 刑事処分に流れる部分があるとすれば、行政処分がきちんとしていないからではないか。調査組織の結果を行政処分に使ってもよいのではないか。
厳罰主義者の前田座長 は、行政処分の権限を増やしたい厚労省をサポートするような発言を繰り返しています。
高本: 刑事では100%その人に責任があるとして処分するが、それは実態と違う。調査組織の報告書を刑事に使うのは良くない。刑事が真相に近づくというなら刑事でもよいが、刑事は真相から離れていく。東京女子医大の心臓手術の事件についても、学会独自の調査で、わずかな水蒸気でフィルターがつまり空気が患者側へ逆流したことを実験的に示した報告書を出し、一審は無罪だったが、それでも検察は控訴する。裁判というのはパワーゲームで判決が決まる。
前田: 裁判は、法律の専門家が判断する。医学的真相ではなく、法的判断ということになる。
刑事裁判は医学的真相ではないと明言してしまった前田座長は、「昔に比べれば真相に近づいている。システムとしての責任も追及するということになる。」と付け足しましたが、そうではない現実を、日本看護協会の楠本氏から突きつけられます。
楠本: 医療事故の多くは、システムエラーだ。横浜市大の患者取り違えの件も、京大のエタノール誤注入の件も、システムや管理体制の改善をずっと訴え続けてきた。しかし、裁判では、管理体制の問題を認定した上で、そこまでの権限はないという判決だった。刑事が入ってくることで、システムエラーが改善されるとは思っていない。
山口: 処分や調査組織のあり方は、院内の調査委員会や安全活動を阻害しないことが最も重要。院内で安全活動をしている人たちは、自分たちの報告書がどう使われるのか、責任追及に使われるのではないかということが頭から離れない。これでは安全活動が鈍ることは免れない。
今の行政処分も、個人の責任追及にある点では、刑事と同じ路線上にある。システムエラーに対応した処分のあり方も検討いただきたい。
児玉: 刑事処分という非常に大きな痛みを伴って、医療界が変わってきたことは確かだ。刑事にも嘘の暗闇に光を当てる役割はあった。しかし、真面目に医療安全に取り組んできた医療界の思い、現場の思いは、それだけではない。刑事は、本当に悪いものを悪さに応じて裁いてきたのか。正直に申し出た人が裁かれただけではないか。感情的な見せしめだったのではないか。このような例を見てきた医療界の、刑事に対する反発があるのも事実。
医療界は医療安全に取り組んできた。その姿勢は貫かれてきた。「逃げない、隠さない、ごまかさない」という姿勢も浸透してきた。調査報告書を刑事罰の事実認定に使うのではなく、そのような姿勢自体を評価していただきたい。そうでなければ医療側の協力は得られにくく、自浄作用は期待できない。逃げない姿勢でモデル事業に参加していること自体、遺族の意見を受け止めようとしていること自体を評価していただきたい。
これまで多くの医療関係者が前例を挙げながら言おうとしてきたことを、まさに的確にまとめた発言でした。
加藤: どういう組織をつくるのか、もっと議論すべきではないか。航空鉄道事故調査委員会や職員安全委員会などで、どんな実務的問題が起きているかなど、ヒアリングしたほうが良いのではないか。中間とりまとめの前にするべきではないか。
前田: 中間とりまとめの位置づけにかかっている。事務局のお考えもある。こんなことを言うと、またインターネットに厚労省の手先みたいに書かれちゃうが。
佐原(医療安全推進室長):大きな方向性については委員の意見は一致している。異論のない範囲で、来年の予算要求していきたい。
二川(総務課長):議論はこれで最後ではないが、予算要求も視野に入れ、来月で一応まとめたい。
松谷(医政局長):8月末に概算要求なので、これまで議論で中間取りまとめとしたい。その後も議論を続けていく。
まだ、誰のために何の目的でどんな組織を作るかも決まっていないのに、予算要求に随分こだわっています。国民の税金を使うからには、国民にとってどんな良いことがあるのか、信頼に足る説明をする必要があるのではないでしょうか。
ロハスメディカルブログの 傍聴記録 もご覧下さい。
第7回 平成19年8月10日
今回で中間取りまとめとする予定でした。厚労省から「これまでの議論の整理(案)」という文書が提示され、これをもとに意見が出されましたが、この文書の位置づけについて、またも混乱を来し、これで中間報告とは言い難い状況でした。
樋口: この整理書では、「・・が考えられる」「・・ではないか」と言う表現よりも、「・・である」のほうが重みがあるようだ。この文書の読み方についてコンセンサスを持っておきたい。
佐原(医療安全推進室長): 異論がないと思われる点は「・・である」とした。明確に違う意見があったことについては、両論併記としてある。
鮎沢: この案全体をどうとらえるかについて、共通の理解がなく、混乱している。この文書に書かれていることが、こういう意見があったというだけで済むならいいが、ここに書かれている方向性で行くということなら、もっときちんと表現を考えなければいけない。この文書の読み方を丁寧に説明しておいた方がよいのではないか。
佐原: この文書は、この検討会でどんな議論があったかという整理であるということを、冒頭にわかりやすく書き加えたい。
加藤: ここに書かれていることは、この委員会としての合意ではなく、一意見に過ぎないということか。
佐原: 未だ結論に至っているものではなく、更に議論があればお願いしたい。
厚労省としても、各委員が納得しておらず、意見が集約されていないことは承知の上で、取りまとめようとしているのでしょう。委員の不納得が「ペナルティ」に集中しましたが、厳罰主義者の前田座長 は、ペナルティがないわけにはいかないと食い下がります。
高本: 9ページに「届出を義務化する」「届出を怠った場合にはペナルティを科すべき」とあるが、届け出る症例の範囲を決めておかないと混乱する。しかし、その判断は現場でしかできない。今も医師法21条はそういう状況だ。ペナルティというのは強い言葉だ。刑事処分ということで、(医師法21条と)2重のペナルティという印象を与え、これまでの医療安全の取り組みを阻害する。行政指導くらいの表現にしてもらいたい。
前田: ここでいうペナルティは、法的義務ではない。刑罰を科すのは問題だが、何らかのサンクションが必要だ。
木下: ペナルティというと、医師法21条違反のイメージが強い。警察ではなく調査組織に届け出るということで、必ずしも義務づけるのではなく、届けるのが当たり前という流れにしなければならない。もし、後から刑事罰に問われるということでは、成り立たない。
前田座長の言う、刑事ではないペナルティとは、行政処分のことと思われます。前回の厚労省の発言からも、厚労省は行政処分を増やし権限を増やしたがっている様子でしたが、その厚労省をサポートする発言をする人物だからこそ、厚労省が前田氏を座長に指名したのでしょう。
他にも文言修正を求める意見が続きました。ということは、この場で指摘されなかった点は、厚労省の思うままに書かれてしまうのかという不安を残しつつ、前田座長が「あとは事務局と座長に一任いただきたい。」と締めくくってしまいました。
第8回 平成19年10月26日
厚労省が第2次試案を提示し、佐原・医療安全推進室長が説明した後、加藤委員が、第3者機関を厚労省ではなく、内閣府に置くようにと、厚労省主催の検討会で爆弾発言をしました。この1点だけでも、議論が紛糾するのに、来年の通常国会に提出(二川総務課長発言)というのは、やはり拙速と言わざるを得ないのではないでしょうか。他にも議論すべき点はたくさんあります。
第9回 平成19年11月 8日
委員達は、厚労省第2次試案に対する第2回パブコメの結果を、読んできてからこの日の検討会に臨みました。パブコメに対する言い訳のような発言が相次ぎ、かなり激烈な批判が多く寄せられたことを暗示しています。
樋口範雄 東大法学政治学研究科教授(英米法):
「この検討会の議論のあり方に厳しい意見もあった。こちら側の説明不足もあり、誤解を解きたい。制裁型・懲罰型ではなく、目的は医療安全だという旗を立てたい。警察はバックアップであり、中核となるのは医療界である。
誤解が多い3点について説明したい。�
1.何を届けるのか曖昧なのにペナルティということは、警察の下請けだと思っている医療者が多い。届け出るのは、第3者に調べてもらう必要があると医療側が思うケース、つまり今警察にしぶしぶでも届けているケースとオーバーラップするもの、もうひとつは遺族が納得できないケースだろう。
2.ペナルティについては、医療安全に協力する義務を課すのは当然であり、法律的には義務違反にペナルティがあって当然。順序としては、大臣勧告→大臣命令→ペナルティというように、段階的になることを明らかにすると誤解が解けるのでは。
3.医師法21条について、整理するとしか書いていない。21条は後ろに下がっていただくことをもう少しはっきり書く必要があるだろう。」
厚労省第2次試案も樋口委員の意見も、医師の義務、ペナルティ強化に重点がおかれ、患者の願いの実現、患者の権利といった視点が抜け落ちています。樋口委員の意見と、医療現場の間には大きな感覚の乖離があります。これは樋口委員個人の気質なのか、厚労省の意向なのか、はたまた法学者という現場と距離をおく学者気質なのか、私たちにはわかりません。
医療者は「医療安全に協力する」ことを当然と考えています。これと、報告の義務化と罰則の連動は別の問題です。そもそも、医療に限らず事故対策の分野では、事故報告を処分と連動させないことは国際的な常識です。日本学術会議の「事故調査体制の在り方に関する提言」が秀逸ですので、是非、お読みいただけますでしょうか。医療分野に関しても、"To err is human" Institute of Medicine、ブッシュ大統領による一般教書演説、National Medical Error Disclosure and Compensation (MEDiC) Bill、日本医師会「医師の職業倫理指針」等、多数あります。事故報告を処分と連動させれば、萎縮医療・医療崩壊を招くことは科学的な事実です。
医師法21条は厚生労働省が所管する法律です。検討会では玉虫色ではなく、具体的な提言を出していただき、広く世間から意見を募っていただきたい。議論のたたき台が作れないようでは何のための検討会かわかりません。
高本眞一 東大心臓外科教授、外科学会理事:
「樋口委員から、医療者が中核になるべきとご発言があったので、学会についてお話ししたい。内科学会、外科学会、日本医師会、病院団体協議会など、医師のほとんどを占める団体が積極的に協力すると言っている。産婦人科学会など大多数の学会の賛同も得られると思う。学会というのは評議員で成り立っている。樋口委員の要望にお応えできると思う。」
わずか10人前後の評議員の意見に、現場の医師達は必ずしも全面的に賛同していないのではないでしょうか。検討会メンバーの議論が、パブコメで痛烈に批判されたことは、そのひとつの現れでしょう。現場の医師は患者のため、真相究明には全面的に協力するが、検討会で議論され、厚労省が公開した試案には反対なのではないでしょうか。
私たちのメンバーには高本委員が例にあげた学会の学会員も多いですが、これだけ重大な問題を評議員に委託した覚えはないし、そのようなプロセスが存在したのかも知りません。あくまで、学会・医師会など業界団体の幹部の個人的な意見と考えています。そもそも、役所が所管する業界の幹部を集めて、その意見をまとめて政策を決めるという手法は通用しない時代になっているのではないでしょうか?
木下勝之 日本医師会常任理事、前・順天堂産婦人科教授:
「法律のもとで医療が行われているのは当然のこと。我々医師達の言っていることが、法律家に通るのか。やはり問題がある。
ある医師会からパブコメに批判的な意見が出たのは、我々の責任である。説明不足に尽きる。」
この委員の意見にも違和感を覚えます。私たちは厚労省検討会の委員に説得されたいとは考えていません。具体的な試案を作っていただき、公開の場で議論したいのです。
折角、多数のパブコメがきたのだから、パブコメと自らの考えの違いをもっと具体的に挙げていただき、私たちに議論のきっかけをいただけないでしょうか。説明不足という割には、抽象論に終始しており、いただけません。
法律のもとで医療が行われているといっても、生きとし生けるものが、老いや病を迎え、死に至るという自然現象は、人間が作ったルールに従ってはくれないのです。また、ヒューマンエラーを減らす努力が必要なのは言うまでもありませんが、それでもヒューマンエラーがゼロになることはないでしょう。
楠本万里子 日本看護協会常任理事:
「医療の不確実性も、国民に理解を求めなければいけない。患者さん側のわかってほしいという気持ちもわかるが、医療の提供側も、自分の生活・生命が絶たれる状況で、提供していることをわかっていただきたい。」
加藤良夫 南山大学法務研究科教授、弁護士:
「院内医療事故調査委員会と第3者機関との関係はどうなるのか。院内での対応がきちんとできる豊かな土壌形成が必要だ。第3者機関にお任せでは、医療安全は実現しない。院内の活動に期待したい。」
豊田郁子 医療事故被害者・遺族、新葛飾病院セーフティーマネージャー:
「病院にシャットアウトされて、不安・不信が募る。なぜ警察に届けたいと思うのか、原点に戻っていただきたい。好きで警察に届けているのではない。
第3者機関を作るのもよいが、遺族の願いとしては、当該病院できちんとした対応・検討をして、自浄作用を持ってほしい。」
前田雅英座長 首都大学東京法科大学院教授(刑法):
「何を届けたらよいか、届出主体は誰か、刑事罰にどうつながっていくかについて、この委員会としてもっと議論をしたい。第3者機関を作ることには了承いただいているので、作り込む方向で、今後具体的に議論を進める。」
また刑事罰を持ち出しました。やはり厚労省の既定路線を忠実に守っているようです。
第1回 平成19年 4月20日
第2回 平成19年 5月11日
第3回 平成19年 6月 8日
第4回 平成19年 6月27日
第5回 平成19年 7月13日
第6回 平成19年 7月26日
第7回 平成19年 8月10日
第8回 平成19年10月26日
第9回 平成19年11月 8日